身を削る
アンティーク着物のファンの方なら必ず知っている田中翼さんというコレクター(で販売者)の方がおられる。
その田中翼さんが自身のコレクションを一冊の本にまとめられた。
これが、素晴らしい。
僕は田中翼さんとほとんどお話をさせていただいたことはない。
オークションでお見かけするぐらいである。
オークションでは競りの競争相手でもある。
欲しいものがかなり重複するので、テキでもある。
アンティーク着物のセラーの皆が思っているように、はっきり言って、相当な強敵である。
さて、その田中翼さんが、オークションの場で、そのご自身の本を販売された。
その時に、田中さんがこうおっしゃった。
「身を削ってつくった本です」
その言葉が僕の胸に刺さった。
オークションで田中翼さんに競り負けたとき。
僕は自身を慰める。
ーコレクションしてるわけじゃないから。
―僕のお客様が欲しい価格を超えているから。
ー競りはここだけじゃないから。*1
そんな風に悔しく思っていたけれど、まさか、田中翼さんが「身を削る」思いをして競り勝っていた、とは一瞬たりとも想像できなかった。
意外であった。
僕には悠々と競り勝っておられるようにしか見えなかった。
だが、商売用にではなく、コレクション用にということであっても、ぎりぎりまで競り勝つということは、その一回一回がひりひりするような勝負だったに違いない。
その積み重ねが今の田中翼さんのコレクションであり、今回出版された本なのである。
なんだか、最近、思う。
すべてのものが、一瞬、一瞬、崩れてゆく。
砂山の裾から少しの砂を、時が奪い去っているように。
それに抗って、なにかを積み上げようと砂を足す。
やはり、砂は裾から取り除かれていく。
昨日と同じ今日を生きていくだけでもたいへんだ。
辛いことが次々に起きる。あっちでもこっちでも、辛いことが芽を吹く。
今日を生きて明日につなぐこと。
そもそも、それさえ、「身を削る」ことなしにはできない。
そのうえで、何かをつくったり、何かを成し遂げたり、希望の灯を前に進めようとする。
それを「身を削る」ことなしにできるはずがないのだ。
そうと見えない人もいる。
だけど、人はそれぞれに、「身を削って生きている」。
*1:ほんとです。競りはたくさんあり、いろいろな入手経路があるので、商品面で負けっぱなしということはないです。きりっ!