マジックをマスターすればよかった
昨夜、久しぶりに元上司の方(Aさん)に誘っていただき、4人の酒宴に行ってきた。
元上司Aさんは現在60才半ば、会社でボードまで上り詰めた方で、もっとも尊敬する先輩のひとりである。
メンバーはその先輩と、先輩の同期の方(Bさん)、そして、もうひとり僕より少し歳上のすでに会社を辞めた先輩(Cさん)の四人である。
さて、スタートは、僕の会社がテレビの取材を受けた時のYoutubeを見ることから始まった。
まあビジネス順調で良かったね、ということでその話は終わり、つぎに山登りの話になった。
その元上司のAさんは山登りが好きで、よく部下などを誘って山に登っておられ、僕を除く残りふたりも、よくご一緒しておられたかただったから、話が弾んだ。
そして、その後、話は、「マジック」の話になった。
?
Bさんとごいっしょするのははじめてだが、元上司AさんとCさんとは、数えきれないほど一緒に飲んだ仲である。
しかし、マジックの話をした覚えがない。
えっ、話したことなかってっけ、ということで、ふたりがマジックを披露し始めた。
場所は居酒屋である。
新地のスナックで、深夜一時。厚化粧のママと口の悪いお姉さんが手持ち無沙汰にしているという状況ではない。
僕とAさんの最寄り駅の居酒屋で、時間もせいぜい八時である。
そして、メンツは、六〇才半ばがふたりと、五〇才半ばふたりの、オヤジ、もしくは、若い人から見れば、ジジイの四人組。
元上司のAさんが、爪楊枝を折り揃えたり、タバコのパッケージを取り出したり、ハンカチを取り出したりして、つぎつぎにマジックを披露する。
さすがにボードまで上り詰めただけあって、Aさんは手品も上手いのである。
ボキッと音がして折れたはずの爪楊枝がピンピンしていたり、手に握った爪楊枝の数が変わっていたり、タバコの底のセロファンの綴じ部分が開いたりひっついたり、あくまで簡単な手品なのだが、面白い。
すぐにタネを暴いてやるぞと思って見ていても、わかりそうで、わからないのである。
僕は感心してしまった。
どうやら、Aさんに手品を指南したのは、Cさんらしく、Cさんが言うのである。
「マジックを覚えれば、いつでもどこでもスターになれる。電車の中でも、大きなショーパブみたいなとこでも」
そうか、僕もAさんやCさんみたいに、本気でマジックに取り組めばよかった。
そうすれば、僕もボードに届いていたかもしれないではないか。会社員時代の後悔がまたひとつ増えてしまった。
僕の人生もマジックとまったく無縁ということはなく、中学校の頃、トランプ手品に凝って、パームとかなんとか言う技、掌に素早くカードを隠し持つ技を相当練習したことがある。その技術をうまく使えば、カードの数を当てたり、カードを消したりすることができたのである。
僕も久しぶりにカード手品をやってみたくなったが、残念ながら、事前にマジック大会になるという話は聞いていないので、カードは手元になかった。
さて、Cさんが深いことを言った。
「マジックは会話とタネが勝負だ。タネはマジックショップに行けば、買える。だけど、注意しろよ。値段の高いマジックは、簡単にできるんだ。だが、安い手品は、うんと練習しないとできないからな」
僕はその指摘に震える思いだった。
そうか、つまり、マジックの世界も、カネ次第ということだったのか。
子供の頃、百貨店に行ったとき、よく手品売場に行って、販売員の人のマジックを見学して目を丸くした。
そして、いくつか、安いマジックを買った。
子供だから、安いマジックしか買えなかった。
が、パッケージを開けてみると、いつもがっかり感があった。タネがあまりにシンプルなもので、たしかに、Cさんが言うように、よほど練習しないと、自分が納得いくほどの演技にはならないのであった。
しかし、あの頃、お小遣いを握りしめていた子供の頃より、今の僕はかなり資金力がある。
きっと、ある程度高い値段のマジックを買うことはできるはずである。
Cさんの言うことが正しければ 、そのマジックは、とてつもなくエレガントなパーフォーマンスで、かつ、そのタネは精巧極まりない機械じかけになっており、僕のようなジジイでも簡単にやってみせることができるはずである。
そして、Cさんの言うことが正しければ、その手品を持って歩けば、僕はどこでも、市場だろうと、バスの中だろうと、同窓会だろうと、ホテルのパーティ―だろうと、自転車で信号待ちをしている時だろうと、スターになれるはずなのである。
なるほど。
昨夜、僕は、ほんとうにいいことを聞いたと思う。
大人になると、値段の高いマジックを買える、そんな大切なことを教えてくれたCさんとA先輩に、最大の感謝。
photo by Steven Depolo