4羽の蝶が教えてくれること
アンティークの着物を扱って10年以上になるのだが、いまでももちろん、はじめて出会う着物や生地や技法がある。
さっき、次女の麦が「見て見て!」と持ってきた着物に、ちょっと驚いたので紹介したい。
ものは夏物の薄い生地の着物で、格子の織り込まれた紅梅というものである。
素材は人絹(いまで言うレーヨン)で、染もシンプルなもので、高価なものではない。
袖も長く、戦前から戦中の、一部の人を除き、人々の生活が豊かとはいえない時代のものと思われる。
その閂止めに四羽の蝶が飛んでいたのである!
この閂止めは、袖と身頃を端で強く縫い止めて、袖が引っ張られた時に、縫い目が解けたり、布地が破れないようにするものだ。
残り切れわざわざ補強に使う場合もあるし、しっかりと何重にも縫い止めて終わりにしているものもある。
しかし、この着物の閂止めは、わざわざ蝶の形に刺繍してあるのである。
形が洒落ているだけでなく、羽を広げるように縫い止めれば、布にかかるチカラも分散されて、理にかなっている。
それは前後ろ左右に施されているので、相当な時間がかかったに違いない。
しかも、それは着用時、ほとんど見えないのである。
自分からその部分を引っ張りだして見てくれと言わない限り、誰かが気づいてくれることはないと思われる。
いままで僕が気づかなかっただけかもしれないが、10年以上毎日のようにアンティークの着物を触っていたのに、こういう閂止めを見たのははじめてなのである。
この着物を来ていた女性は、高価な絹を着ることは許されなかった。
だけど、そんな風に細部に洒落た刺繍を施す時間はあったし、密かにそういうおしゃれを楽しむ心の余裕があった。
そう想像すると、この着物の持ち主だった女性のことが、なんだかとても愛おしく、リアルに感じられるように思えてくるのだ。