「うんち男」と呼ばれたマラソンランナーのその後
それがいつだったか、はっきりした記憶はない。
おそらく、小学校3年生ぐらいの時だったのではないかと思う。
今でも気の小ささにかけてはチャンピオン級であることは認めるが、当時の僕はさらに気の弱い少年だった。
たぶん、授業中におしっこが行きたくなると困ると思って、ちょっと、気張りすぎたのだろう。ちょうど緩かった大腸の方が、それに反応してしまった。
気体だけですんでいれば良いけれど、どうやら感触からして、固体か液体も関わっているような嫌な予感がした。
半ズボンの上から触ってみて、やはり液体も関与していることがわかった。
その時はまだ、被害の全貌はわからない。
しかし、すぐに、それは半ズボンの中には収まらない事態であることが判明した。
半ズボンの裾、大腿部の内側に、液体が垂れ出てきたのである。
僕は慌ててそれを手でぬぐい、水道に流した。
拭っても、拭っても、それは流れ出てくるので、太ももはびしょぬれになり、水道水だかその液体の交じり合ったものだかが垂れて、ふくらはぎを超え、靴下に達して、靴下を少し茶色っぽく色づけた。
その日、それからどうやって授業を乗り越えたのか、覚えていない。
その状態で椅子に座れたはずもない。
だが、なんとか友達にその異常事態がばれることなく、帰宅したことは確かだ。
僕の記憶は、父にひどく叱責されたところに飛ぶ。
なぜ、トイレに行かないのかと父は僕を責め、母は父に、ほかの洗濯物とは別に洗いますから、みたいなことを言っていたように思う。
うんちがしたくなって便所にも行けないような意気地なしが、これからちゃんと生きていけるのだろうか、そんな父の落胆が、僕を叩きのめした。
さて、こんな汚い話を思い出したのは、この素晴らしい話を読んだからだ。
What Happened to the Runner Who Shit Himself During a Half-Marathon?
ハーフマラソンの最中にうんちを漏らしてしまったランナーがどうなったか?
こちらのページにたくさん写真があるから、まず、こちらのページを見て欲しい。
ミカエルさん(Mikael Ekvall)は、スウェーデンの長距離ランナーである。
彼は、2008年、ハーフマラソンで、うんちを漏らした。うんちは、少年時代の僕の体験同様、パンツから流れだして太ももまで汚し、衆目がそれを目撃することになった。
その時に撮られた写真が上のページなどにある。
彼は、"bajsmannen" ("poop man"「うんち男」)という不名誉な渾名までつけられてしまった。
2kmから12kimの間、胃痙攣にも襲われており、そんな状況になれば、レースを棄権したり、離脱して、パンツを脱いで綺麗にしても良いと思われる。だが、なぜそうしなかったのかと訊ねられて、彼はこう答えている。「タイムをロスする。いったん途中でやめてしまったら、やめることが簡単になってしまい、それが重なって、習慣になってしまう」
そんな状況と姿で彼はそのレースを完走した。
タイムは 1時間9分43秒で、21位であった。
世界記録が58分台だから、そのタイムもコンディションを考えれば、驚異的といえるという声もあるようだ。
翌年、彼は同じハーフマラソンに出場し、その時は9位。
そして、2014年にはコペンハーゲンで、1時間2分28秒のスウェーデン記録をマーク。
ヨーロッパ選手権のスウェーデン代表に選ばれたのである。
僕は子供の頃、彼と同じようにうんちを漏らした。
大人になってからも、比喩的には、うんちを漏らして衆目の中を走るような醜態を何度も繰り返しながら生きてきた。
ひょっとして、これを読んでいるあなたも、現実にか、あるいは、比喩的にか、みっともない姿をみなの前に晒して、思いっきり恥じ入ったことがあるかもしれない。
でも、ミカエルさんの偉業を知ると、そんなことは自分の歩く道を彩るちょっとした面白いエピソードにしかすぎず、その行方にはなんら影響を与えないということが、再認識できるではないか。
ミカエルさんが僕らにくれたメッセージ。
たとえ「うんち男」と呼ばれようと、自分が走るべき道を、ただひたすらに走れ。
photo by Alan