あなたの一番好きな短編小説をひとつあげるとしたら、何ですか?
あなたの好きな短編小説をたったひとつ、あげるとしたら何だろう?
チェコ好きさんの「村上春樹の「好き」「嫌い」はどこで分かれるのか? に関する一考察」を読んで、いつからかアンチ村上春樹になってしまった僕も、もう一度村上春樹のエッセイや短編小説を読んでみることにした。
近くの本屋さんにいくと、残念ながらチェコ好きさんオススメのエッセイはなく、短編小説と翻訳があったので読んでみた。
ティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』はとても面白かった。たしか、若いころに『カチアートを追跡して』を読んだと思うのだがまったく覚えておらず、はじめてベトナム戦争に放り込まれたアメリカの若い人たちの魂に触れた気がした。
だけどやっぱり、『パン屋再襲撃』や『象の消滅』はダメだった。
ファンタジーが嫌いってわけじゃないのだ。レイ・ブラッドベリは大好きだったのだ。だが、やっぱり、村上春樹のファンタジーは僕のココロには響かない。
ひょっとしたら、さすがに50を超えた僕のハートは、錆びついてしまったのかもしれない・・・
そんなこんなで、久しぶりに短編小説の面白さに浸っていたら、無性に読みたくなった短編小説がある。
リング・ラードナーの『ハーモニー』という小説だ。
リング・ラードナーは、1910~1920年代に活躍した作家で、フィッツジェラルドとも親交のあったアメリカ人の作家だ。
家の本棚を探すが見当たらない。
仕方なくアマゾンに注文しようとしたら、絶版らしく中古しかない。
で、2,3日後にやっと手元に届いた。
そして、久しぶりに愛すべきアートに再会した。
アートはメジャーリーグの外野手だ。
そして、コーラスが大好きなのだ。
チームのメンバーとアカペラバンドを組み、毎日のように練習している。
早朝練習の前にメンバーを集めて練習したりするので、歌わせるために雇ったんじゃない、野球をしろ!と監督に叱られたりする。
でも、アートは、「コーラスの楽しみがなけりゃ、野球なんてやってられね!」と言い放って意に介さない。
ある時、アカペラのメンバーがマイナー落ちしてしまい、テナー担当がいなくなる。
アートは、ウィルドロンという男をみつけてきて、素晴らしい新人がいると監督を説得してチームに引き入れる。
じつは、アートはウィルドロンのプレーを見たことはなく、単に、彼が素晴らしいテナーを歌えると知ったからそうしたのだった。
アートのアカペラバンドはウィルドロンの加入で復活する。
だが、ウィルドロンはタイ・カップ以来の天才外野手だった。
アートは自分が発掘してきた新人にポジションを奪われ、やがてマイナーへと去っていく。
ほかのメンバーも次々にチームを去り、ウィルドロンの活躍にもかかわらず、チームは低迷。
アートとともに、チームからはハーモニー(調和)が失われてしまったらしい。
短い物語はそこで終わる。
まったく、馬鹿なアート。
チームは、より戦力となる男がいれば、さっさとアートをお払い箱にしてしまう。アートのヤツ、そんなことが、予想できなかったのか?
でも、僕には確信できるのだ。
マイナーへ落ちようと、野球から足を洗ってセールスマンになろうと、ヤツはメンバーを探し集めて、どこかでハーモニーを歌っている。そして、そんなとき、ヤツが幸せ一杯の顔をしているに違いないことを。
チームにとっては、たしかに、とりかえの効く人間だった。
誰だってそうだ。
だけど、アートはハーモニーをもっていた。
そして、そのハーモニー(調和)は、たしかに、彼の離脱でチームからも失われたのだ。
僕はそんなアートが大好きだ。
この物語を、みんなにもっと読んで欲しいと思う。
僕の一番好きな短編小説をたったひとつあげるとしたら、この『ハーモニー』である。
あなたの一番好きな短編小説をひとつあげるとしたら、何ですか?
*短篇集『アリバイ・アイク』に収録されています
photo by “Caveman Chuck” Coker