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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


クリエィティブな仕事と一日の時間の関係

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                                                                                           photo by markus spiske

 

 ぜんぜんドヤ顔で書くことじゃないんだけど、自分的にはハッとする発見だったので、ちょっと書いてみる。
 じつは今注文をもらって、大量の原稿を正月明けまでに書かないといけないことになっている。
 で、せっかく毎日読んでくださる方もおられるブログの更新も密度を落としたくないし、いい方法がないかと四苦八苦していた。
 もちろん、僕は古着屋だし、古着屋というのは、大部分の業務を誰かほかの人にやってもらうにせよ、目利きの部分だけは絶対に手放すことはできず、早い話が毎日普通に仕事がフルタイムであるのである。
 
 そんな状況で、改めて気づいたことは、

 ★時間は等価じゃない 


 ってことだ。
 いまの僕にとって、ブログにせよ、その原稿にせよ、何かを書くということが、一番クリエィティブが要求される時間なのだけど、それにふさわしい時間っていうのが、やっぱりガンとして存在する。
 まだ、はっきりとはわからないのだが、僕にとっては、それは早朝の数時間のようである。
 依頼されたその原稿を書く作業は、どちらかと言えば、記憶を掘り起こして、すでにどこかで書いた考え方をより深く、より具体的に、より研ぎ澄まされたメッセージとして書き直すような作業だ。
 それを、朝のブログの更新も終えて、日中に仕事をし、夜になってから時間を用意してとりかかっても、ほとんど進まない。アタマがもう、それをするには疲れ切っている感じなのだ。
 が、朝にすると、空白が埋まっていき、なんとか先に進める。

 そういえば、会社勤めをしながら小説らしきものを書いていたとき、一番筆が進むのは、朝の通勤電車で前に空間が確保できたときに、メモに走り書きしたときだった。
 夜に静かな時間が確保できても、意外と書けず、自分でもちょっと驚いたものだった。

 さて、ここまでは、いままでから感じていたことなのだが、せっぱつまってくると、もう少し計算高くなる。

 たとえば、2日間休みがあるとする。1日は会社へ行って、残務をしなければならない。そうなると、1日はクリエィティブな仕事にあてて、1日は仕方がないので仕事に行こうといままでは考えた。
 だけど、クリエィティブに向く限られた時間を、残務にあてるのはもったいないことに気がついた。2日とも、朝をクリエィティブな仕事の時間にして、昼から出て行って残務をしたほうが、それぞれの時間を有効に使えるではないか。
 
 もうひとつ、計算高くなった点があって、たとえば、一口にクリエイティブな仕事と言っても、中身はいくつかの作業に分かれている。
 ブログを書くということでいえば、僕の場合、みっつの作業に分かれていて、それは、


1.ネタ探し
2.文章を書く
3.推敲、校正する

 この中のうち、「ネタ探し」と「校正」は、クリエィティブ度は案外低い。
 僕にとって「ネタ探し」は、主に海外の記事を読む勉強の時間でもあるのだけど、アタマに要求される活性は、「文章を書く」よりはかなり低くてすむ。
 その割には、ネタが見つからなくて、まるまる2時間ぐらいかかってしまうこともある。
 僕の推敲・校正はめっちゃ甘くて、誤字だらけだし、句読点の打ち方に難のある文章のまま公開してしまっているが(すみません!)、それにしても、校正という作業もまた、「文章を書く」と言うことに比べたら、要求されるクリエィティブ度は低い。


 で、せっぱつまった僕は、気がついたのだ。

 

 ★「クリエィティブと思っている仕事」の中にもそうでない作業が入り込んでいる

 

 時間がないなら、僕のアタマが最高に働く時間を、「文章を書く」ということだけに使えばいいんじゃないか、と。
 つまり、朝のその時間には、ブログの「ネタ探し」はしない。それは前日の夜に済ませておく。たいしたネタがみつからなかったとしても、前日までにみつけたネタの範囲内で書く。
 頼まれている原稿のほうは、「ネタ探し」は不要だけど、推敲することは、ブログ以上に必要になっている。いままでは、その部分も朝にしていたけど、それは夜にまわす。
 朝の時間は、とにかく、最高にクリエイティビティが要求される、書くことだけに集中する。細かいことを気にせずに、とにかく、書く。一文字でも多く。

 そういえば、昔、北杜夫の著作の中に、トーマス・マンの仕事のやりかたを父の斎藤茂吉に話すシーンがあって、それが今でも記憶に焼きついている。
 トーマス・マンは、午前中は、文章に使う単語(言葉)を選び出すことに集中したという。そうしておいてから、午後に文章にとりかかるのだと。
 僕には書こうとしている文章を想定して、単語を選ぶ作業を先行させるなどということは、とうてい不可能だ。だけど、クリエィティブな仕事とその仕事に最適な時間を厳密にマッチさせて生産性をあげていこうとすると、仕事のスタイルはさまざまな方向に進化するということだな、と改めて思った。


 さて、念のために書いておくが、僕は「万人にとってクリエィティブな仕事は朝がよい」と主張しているわけではない。
 深夜に頭が冴えるタイプの人もいるだろう。
 気がついたよ!と言いたかったことは、誰にもそれぞれの生活スタイルの中でそういう時間があって、時間は等価でないのだから、そういう時間に、真に大事なことを考えるようにしたほうが、生産性があがるんじゃないかなってことだ。
 会社員の時代、渾身の企画書を書かなければならないというような局面もあったはずだが、どの時間を使って書くのかというようなことまで、考えたことはなかった。
 このことは、文章を書くということに限らず、生活全般の生産性をあげるためのヒントになるような気がする。
  

 ひょっとして、ドヤ顔になってます?
 すみません!