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ICHIROYAのブログ

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マイアミ動物園のロン・マギル氏が、長期間に渡って総額1億円の寄付をした匿名人物との交流を明かす(全文翻訳:後半)

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  きのう紹介した記事の後半の翻訳です。
 前半未読の方は、前半からどうぞ。

Zoo Miami’s Ron Magill reveals identity of long-anonymous donors of millions

『マイアミ動物園のロン・マギル氏が、長期間に渡って総額1億円の寄付をした匿名人物との交流を明かす』


前半から続く)


 彼らの寄付は現在のマイアミ動物園のほとんどの人気の施設のキーとなる役割を担っている。アジアの鳥ゾーンは彼らの寄付によるところが大きいし、キリンに餌をあたえる施設の建造資金の基になる資金も彼らが提供してくれた。加えて、彼らは毎年開催されている「エコ・ヒーロー・プログラム」の単独スポンサーである。それは、環境に素晴らしい貢献をした中学生を、世界の大自然への冒険に連れだしそれをテレビドキュメンタリーにするというプログラムだ。

 
 2007年、90才代の彼の健康は悪化した。彼は生涯を通じて貪欲な読書家であったが、黄斑変性症が彼の視力を奪ってしまった。難聴も、自分のことすらできない彼のフラストレーションを高めた。生活することが困難になってきた。奥さまの献身的な介護のおかげで、彼は家に留まり、馴染んだ環境の中での生活を続けることができた。しかし、すぐに、ホスピスを探さねばならないようになった。

 
 彼の生涯の最後の数週間、私は毎日彼の元を訪れた。私は奥さまとともにベッドサイドに座り、彼を慰めようとしたが、しばしば、慰められているのは私たちの方だった。彼は何度も痛みはないことを私たちに言って安心させ、人生に感謝を述べ、死ぬ準備ができていると言った。奥さまのことだけを心配していた。彼が最後に私に言ったのは、奥さまのことを頼むということだった。私は彼の手を握り、奥さまと、最後の息を見とった。

 
 私はそれまでに誰かが亡くなるところを見たことがなかった。それは私が想像していたこととはまったく異なっていた。激しく感情を揺さぶるものであったけど、私が今まで体験したなかで、もっとも平和に満ちた、もっともスピリチュアルな瞬間だった。自分が死ぬということの恐れがなくなり、その時が来たら、自分は幸福であったとと思えるようになりたいと思った。

 

 彼が亡くなってすぐ、彼の不動産会社の弁護士から電話をもらった。彼の遺産相続人はたったふたりだった。一人はもちろん奥さまで、家と控えめな額の現金が残された。そして、「残りはすべてマイアミ動物園に遺贈する。そしてその資金がロン・マギル氏の監督の元に運営されることを望む」

 

 彼が私を信頼して遺産の管理を任せてくれたことに、私は本当に驚いた。たしかに、彼は寄付先として、政府や各種団体のトップたちを決して信頼しないと頻繁に言っていた。インスパイアされるのは団体や組織ではなく、そこにいる人たちのためだと。数週間の後、彼が我々の動物園に残した総額が、230万ドル(約2億3千万円)に上ることが判明した。

 

 私は未亡人になった老婦人を訪れ、彼女に必要なものがすべて揃っているか確認した。私たちは思い出を語り、寄付のことを話した。彼の名前を動物園のなにか重要な施設につけるように提案したが、彼女は固辞した。前にも増して今はプライバシーが大切なのよ、と彼女は言うのだった。自分が死ぬまでは匿名にしておくように、それが彼女の望みで、しぶしぶながら私は同意した。

 

 その後も私は彼女の元を1周間に1回は訪れ、彼女の素晴らしい話を聞いた。アイルランドでの子供時代。ニューヨークへ来てからのこと。マイアミでウエイトレスとして働いたこと。彼女は貧乏な家族の8人兄弟のひとりだったが、彼女は「リッチ」だったと言った。彼女は健康だったし、周りの誰もが欲しがって手に入れられないために不幸を感じるようなものを欲しいとは決して思わなかったから。美しい妻と子供を持つ私がいかに幸福かということを、彼女は何度も何度も私に強調した。彼らとの時間がいかに早く過ぎ去るかということを知る彼女は、それを存分に味わうことの大切さを伝えたかったのだろう。ご主人が先立たれたことも、幸運だったと彼女は言う。自分のいない生活を彼に味あわせなくてすんだからと。

 

 90才代になっても、彼女は完全に自立して生活していた。運転し、用事をすませ、料理をし、すべてのことをほんの少しの手助けでこなしていた。紅茶を愛し、新聞を好んだ。彼女はひとりだったが寂しくはなかった。私は彼女に衛星放送の契約をしてあげたが、彼女は24時間ニュース番組に首ったけとなった。が、1月のある朝早く、彼女のおとなりの方から、新聞がポストに残されたままだという電話を受けた。私は彼女の家に急いだ。彼女は倒れていて、大腿骨を骨折していた。何週間にもわたるきついリハビリ。幸い彼女はリハビリ施設から退院したが、残念ながら彼女の自立は失われた。運転もできず、常駐介護士との生活に、彼女の生きる情熱は失われていった。彼女の心は蝕まれ、生きることに疲れ始めた。

 

 数々の合併症を経て、ずっと彼女のことを思いやり理解してくれていたかかりつけ医は、ホスピスが必要な時がきたと提案してくれた。彼女と過ごした長い時間で、私は彼女の最後の望みを知っていた。介護施設には入れないで欲しい、最後は自宅で静かに死にたいと。私はその願いを必ず実行すると彼女に誓っていた。

 

 彼女のそばについて、介護士たちと、私は夜通し看病した。そして、何日か応答が乏しかった日々を過ごしたあとのある夜、彼女は何かを見つめているように大きく目を見開いて、亡くなった夫と亡くなったふたりの兄弟の名前をはっきりと呼んだ。まるで、ベッドにいる彼女が目の前に彼らが来たのを見ているかのようだった。私の背筋に感激が走った。彼女は再び眠りに落ち、2度と目覚めなかった。夫の時と同じように、彼女が息を引き取る時、私は彼女の手を握った。彼女の死の瞬間は、その美しい魂に相応しい、平和で高貴な生から死への移行だった。

 

 彼女が亡くなってから、私は彼女の手紙類を見て、いかに多くの寄付をしていたのかを知り驚いた。彼女の家にあるカレンダーやノートやステッカーなどは、すべてその寄付のお礼に送ってこられたものだった。そしてもちろん、彼女は夫と同じように、匿名でいることにこだわっていた。

 

 夫と同じように、彼女の大きな遺産の大部分は動物園に寄贈された。彼女は、私の名前を冠した特別なファンドのためにお金をとっておいてくれたのだ。このファンドはフロリダ動物園協会のなかにあって、世界中の動物保護のために設立されたものだ。私は圧倒された。この素晴らしい贈り物、謙虚で、思いやりのある、正直な、思慮に富んだ、利他的で、最後の最後まで正しい、そして、それ以上の贈りものに。

 

 約束したように、彼らが亡くなるまでは、私は彼らの匿名性を守った。しかし、今、みなが彼らの名前を知るべき時が来た。

 

 ありがとう。アルバート、ウィンフレッド・サミ。
あなたがたのおかげで、動物たちや動物を愛する人々にとって、世界は良いところになりました。
 百万ドルもする新しい飼育・見学施設が建設中で、それは動物園にとってのハブになり、さまざまな教育的・文化的な展示の場所になります。
 その施設にはあなた達の名前、「サミ・ファミリー」の名前がつけられます。
 あなた達、動物園がかつて得た最高のふたりの友、ようやく匿名ではなくなったふたりの友に感謝して。

photo by Jamesy Pena