一日70,000回をどう使うかで人生が決まる
ブログが書けない日々が続いている。
休みの日、今のように夏休みで時間に余裕があると、さらに書けない。書けない日は書かなくても良いという自分のルールを変えたので、まあ、いいかと思うと、さらに書けない。
「制約」こそが人間の創造性を解き放つとよく言われるけれど、たしかに、僕の場合は、ブログを書くために最高に恵まれた日は、ブログを書くのが一番むずかしい日だ。
ところで、ブログのネタをさがして、ああでもないこうでもないと考えていると、じりじりと時間が過ぎる。
考えている時って、たとえば話している時と同じ時間が過ぎていくのだろうか。
喋るには息継ぎとかも必要だし、実際に喋るより早い速度で考えているような気がするのだが、かと言って 10倍も20倍も早いことはないような気もする。
きっと、そういうことはどこかで調べられているんだろうなと思っていたら、さっき、興味深いページをみつけた。
このページによると、人はだいたい一日あたり70,000回ぐらいを考えているという。
原文は下記である。
How many thoughts does the average person have per day?
70,000
この場合の「thoughts」が厳密に何を指しているかわからないのだが(さらに資料にあたる時間がなくてすみません)、おそらく、ある程度のまとまりとなった考えのことを指すのだろう。
僕はこの数字、70,000回に合点がいった。
「僕の商売はこれからどうしていこうか」とか「やっぱり、僕には才能がないな」とか「早く小説書き上げたいな」とか「Kさんに電話しなくちゃいけないな」とか、次から次へと意識して考えていることを数えたら、なんとなくそれぐらいの数字になるんではないかと思った。
さて、考えることにもこうやって明確な数量的な限界があってそれを想像できるというのは、なかなかおもしろいことだと思う。
その70,000回の使い方で、生き方や達成したいことの成果は、きっと劇的に変わるに違いない。
ポジティブな考えや、自分自身のコアの価値観を信頼するような考えや、世界の明るい面を見たりしている回数が増えると、よりチャレンジングになれると思う。
もちろん、それはバランスの問題で、批判的精神を失い、世界のどうしようもなさを直視しないと、ただの脳天気になってしまう。
僕も、この世界のどうしようもなさ、自分の愚かさ小ささに、度々絶望する。
ブログを続けることも、嫌で仕方がなくなることがある。
そういう考えを持つことも正常だと思うのだが、せめて、そういう考えは、半分、35,000回以下に抑えて、明るい方向に考えを向けていきたいと思う。
なんせ、70,000回も考えているのだ。
きっと、一日のうちには、修正できるはずだから。
photo by Gareth Lovering Photography