チョコチップクッキーと戦艦大和の生まれは、同世代だった!
チョコチップ・クッキーが、今年、75才の誕生日を迎えた。
僕達日本人にとっては、かなり意外なのだけど、案外最近の生まれなのだ。
食に関する話題は、僕にとっては鬼門なんだけど、クリスマスに相応しい素敵な話をみつけたので、紹介したい。
生みの親はこの方。
ルース・グラーヴ・ウェイクフィールドさん。
1930年にマサチューセッツ州にToll House Inn.という宿(レストラン付き)を、夫とともに開業する。
すぐに彼女のつくるデザートが評判になり、マサチューセッツの上院議員だったジョン・F・ケネディも訪れるほどになる。
彼女がチョコチップ・クッキーを「発明」したのは、1938年。
どうやってそれを思いついたかについては、諸説あり、本人も詳しくは語っていない。
ナッツなどの他の材料を切らしていたという説や、たまたまクッキー生地をこねているところにチョコレートが落ちてそのまま作ったという説。あるいは、偶然ではなく、真摯な研究の成果であるという説もある。
ともかく、チョコレートの破片がそのままクッキーのなかに焼きこまれた現在のチョコチップ・クッキーは、彼女のレストランから生まれ、瞬く間に大人気となった。
彼女が使ったネスレのチョコレートバーには、彼女のレシピが印刷され、彼女はそれと引き換えに、ネスレから生涯にわたって、無料でチョコレートを提供されたという。
Toll Houseという名前は、ネスレのチョコレートチップ・クッキーのブランド名となった。
ところで、1938年といえば、日本では、こんな年であった。
戦艦大和の起工式が行われ、日独伊防供協定が調印、そして、12月には南京陥落。
1941年の真珠湾攻撃にむかって、ジリジリと追い詰められつつあった。
東海岸で人気になったチョコレートチップ・クッキーが、アメリカ全土に広まったのは、第2次世界対戦を契機とする。
母や妻や娘たちが、戦場の兵士たちにと、チョコレートチップ・クッキーをつくって送り届けたのだ。
チョコチップ・クッキーは、ドイツ兵や日本兵と戦うアメリカ兵の間で大人気であった。
そして、戦時のことであり、チョコレートも不足していたが、いかに少ないチョコレートでチョコチップクッキーをつくるか、彼女たちは知恵を絞ったのだった。
あの不幸な戦争のあいだ、母や妻が千人針を縫ってもたせてその生還を祈った日本兵たちの、銃火飛び交う前線の向こうでは、アメリカ兵たちが、母や妻が少ないチョコレートでつくったチョコチップ・クッキーを食べていたのである。
そうして、チョコチップ・クッキーは、アメリカ全土で最も人気のあるお菓子のひとつとなり、さらに、戦後には日本にもやってきて、僕ら日本人にとっても、欠くことのできないお菓子のひとつとなったのである。
クックパッドには、848ものレシピが投稿されている。
なお、1967年には、夫妻はToll House Inn.を売って引っ越し、1977年に、彼女は亡くなった。建物も、1984年の大晦日に火事で失われたそうだ。
*戦艦大和の完成・進水は1940年です。
*参考記事:SWEET MORSELS: A HISTORY OF THE CHOCOLATE-CHIP COOKIE
Wiki Ruth Graves Wakefield