自分が表現しなければ世界に存在しないものを世界に生み出し続けるほかない
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アグネス・デ=ミルというアメリカの舞踊家、振付師の話だ。
キャリアの初期、Three Virgins and a Devilというバレエの振付をして、自分ではとても良い出来だと思った。
が、あまり評価されなかった。
2,3年後、Rodeoというバレエの振付をして、それもとても良い出来だと思った。
が、それも商業的には大きな成功は得られなかった。
1943年、ブロードウェイ・ミュージカル『オクラホマ!』の振付を担当した。
『オクラホマ!』は大人気となり映画もつくられた。
しかし、その大成功は彼女を混乱させた。『オクラホマ!』の振付は、自分のそれ以前のいくつかの振付に比べると凡庸なものにすぎないと思っていたからだ。
なぜ、それまでの最高の仕事を評価されずに、いまとなってそんな凡庸な仕事が評価されるのか。
彼女は偉大な先輩振付師のマーサ・グレアムに、「自分がもっている仕事の評価の基準を信用できなくなった。自分は最高の仕事をしようとしてきたけど、評価の基準が間違っているかもしれないと思うと、それができる自信がなくなった」とこぼした。
マーサ・グレアムはこういう意味のことを言ったそうだ。
あなたの表現はあなた独特のもの。それをあなたが表現しなければ、世界はそれを失ってしまうのよ。それが良いか凡庸かを決めること、ほかの人の表現と比べることは、あなたの仕事じゃない(not your business). あなたの仕事は、あなたが感じることをダイレクトにクリアーに表現し続けることよ。
この話はお馴染みウエィトリフターで起業家で写真家のJames Clear氏の最近のブログ記事で知ったことなのだが、あまりに印象的で胸に刺さったのでここに紹介することにした。
そのことは、ブログを長く書いておられるかたは痛切に感じておられることではないかと思う。
たとえば、僕のブログでも(もちろんアグネス・デ=ミルの世界レベルの振付と比べようもないけど)どの記事がたくさん読まれるかは、実際に公開してみなければわからない。
今年の閲覧数のBest5は以下の記事だが、ほとんどの記事はさほど深く考えもせずに短い時間で書いたもので、公開する時点で多くの人に読まれそうかどうかということは、まったくわからなかった。
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公開時点でとくに気に入っていたのは5番目のラブラドールに関する記事だけで、あとの記事は、そんなに読まれることになるとは露とも思わず、急にアクスが増えてびっくりした。
結局のところ、マーサもClear氏もおっしゃっておられるように、表現者であろうとするなら、自分の仕事を評価することは外にまかせておくほかない。世界が自分の仕事をどう評価するかということは、いくら気に病んでも、いくら考えても自分の力の及ぶ範囲外にある。
だから、表現者はそんなことは頭から追い払って、自分が表現しなければ世界に存在しないものを、世界に生み出し続けるほかない。
それが評価されようが、されまいが。
できる限り多く。
幸い、今の時代、それ必要としている人には、表現者の仕事は自然と届くようになってきた。かつてのように、その表現が世界に生み出されたのに、埋もれたまま打ち捨てられるということは、ほとんどなくなったのである。
評価されようが、されまいが、自分が表現しなければ世界に存在しないものを、世界に生み出し続ける。
そのことをいつも忘れないでいたいと思う。
Clearさん、いつもインスパイアしてくれる記事をありがとうございます!