好きほどあてにならないものはない(海が好きだった古着屋の話)
「好き」ほどあてにならないものはない。
50年以上生きてみて、しみじみと思うのだ。
僕は、農学部水産学科に一浪のあげく入学したのだが、行き着いた職業は、古着屋だった。
なぜ水産学科を選んだのかというと、
「海が好きだから」
だった、らしい。
まったく、ツッコミどころ満載である。
「海が好きって、ずっと、泳いでいたいのか?
波打ち際で、ずっと、ぱちゃぱちゃやっていたいのか?
それとも、夕日が落ちるところを、ずっと眺めていたいのか?
いや、ひょっとして、魚を見るのが好きなのか?
ほんとは、寿司が好きなだけじゃないのか?」
しかし、進学や就職の時点で、みんな否応なく、何が好きか、を問い詰められる。
それに答えて、「暖かい布団の中で、だらだらと眠ることです」などと答えようものなら、社会人不適格の烙印をおされる。
そこで仕方なく、僕のように、「海が好きだ」などと言ってしまい、また、自分でもそれを信じて、進路を選択するようになるのだ。
自慢じゃないが、いっとき、人生をかけても良いと思うほど好きだったものは、両手で数えるほどある。
もちろん、女の子を除いての話だ。
山、ギター、ミステリー小説、生物学、フライフィッシング・バスフィッシング、映画、ジャズ・・
しかし、悲しいかな、いっとき好きで好きで仕方がないものも、ある種の熱病のようなもので、いつのまにかその熱が冷めてしまった。
そんなあやふやな「好き」に人生を振り回されるのも、また、人生の楽しみではあるのだけど。
もちろん、水産学科の仲間たちのなかには、大学に残ったり、公務員になって、海に関するキャリアを積み重ねているものもいる。
しかし、聞いてみたことはないが、たぶん、「海が好きだから」そのキャリアを選びとったというのとは、ちょっと違う気がする。
もちろん、「海は好き」だろうけど、その「好き」は、人生を愛したり、家族を大切に思ったり、故郷を好きでいたりする気持ちに近いもので、進路を決めるときに、「あなたは何が好き?」と聞かれたときの答えとは、違うような気がするのだ。
ということで、「水産学科」に入学したものの、いま、なぜかこうして、古着屋を営んでいるわけなのだ。
でも、もちろん、今の仕事もとても気に入っている。
この仕事が大好きな最も大きな理由は、自分が探して選んで買ってきたものを、たくさんのひとが待ってくれているからだ。
たぶん、この「好き」だけは、一生、変わらないと思う。
でも、なにかの対象物を、「好き」と言ってしまうと、やがて、その「好き」も枯れてしまいそうで、うかつに、「好きだ」とは言えないのである。
*写真は明治頃の袱紗のコレクションとFlikrの写真。「海が好き」と言っていた僕は、自然と、海のモチーフのものを買ってしまう癖があるようだ。気がついたら、魚や貝などの優品がたくさん溜まっていた。買ってください~~
by Mauro Luna
by Jimmy McIntyre - Editor HDR One Magazine
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