おじさんのラジオの思い出
僕は、中学生の頃、深夜放送を聴きながら勉強をした世代だ。
いや、なんとなく世間の親たちは、風潮でそういうものかと納得していたようなしていなかったようなではあったが、実際は、頻繁に勉強が主ではなく、ラジオが主となり、その合間に少し問題集を解いた。
ヤングタウンやオールナイトニッポンやジェットストリームだったのだろうが、今では、記憶はだいぶん曖昧になっている。
僕が一番楽しみにしていたのは、チンペイ(谷村新司)さんで、その声の素晴らしさ、話の面白さに夢中になった。*1
番組にはたくさんのハガキが寄せられ、パーソナリティがそれを取り上げて相談に答えたりするのだが、そこは中学生の僕には「大人というものを垣間見る窓」であった。
たとえば、中絶を悩んでいる女性の相談にパーソナリティが答える。もちろん、その答えには相談者の困難な状況を思いやり、暖かな、相談者をなんとか元気づけようとするものである。
まだ子供で正義感でカチコチになっている僕は、避妊もせずに楽しんだ自業自得じゃないか!と憤るのだが、パーソナリティの方の話を聞いていると、なんだか 大人の世界には、先生たちや親がいつも言っているようなこととは違うことが起きているのかもしれない、と気づき始める。
深夜ラジオのパーソナリティの方々は、僕のようなものには、世の中の表も裏も知った、年上の兄貴であり姉貴であった。深夜にひとりで机に座っている「僕」に、あるいは、部屋を暗くしたベッドの中にいる「僕」に、まさに「僕」ひとりに語りかけてくれていた。
そして、ラジオの兄貴や姉貴は、僕にたくさんのことを教えてくれた。先生や親が教えてくれないことを。
その頃、好きな曲をカセットに録音するのも、ラジオからだった。
AM放送では、パーソナリティの曲紹介の声がかぶったり、2番以降は割愛されたり、雑音が入ったりする。でも、お小遣いでシングル盤を買うのもなかなか叶わなかったので、大好きな曲はとりあえず録音できれば、それで充分だった。
英語の勉強も、ラジオの教育放送だった。いつも続かないのだが、春になるとテキストを買ってとりあえず聴き始める。録音もしておくのだが、カセットはたまる一方で聞き返しもせず、やがて、また中断してしまう。
高校生になった僕が、いつ、なぜ、深夜放送を聴かなくなったのか、いまでは思い出せない。
だが、AMを聴かなくなってからも、ずっとFMは聴いていた。
FM802が開局した時は、狂喜した。これからは、いい曲ばかり濃密度でたっぷりと聴けるぞ!と。
たまたま、毎日放送に勤めておられた嫁のお父様が開局にあたってのさまざまな手続きや根回しに奔走されており、FM802には特別の思い入れを感じた。
いまでも、事務所にはネットを使って、FM802を流している。
だが、いつからか、通販番組が組み込まれるようになり、ふと気がつくと『30個限定のご提供とさせていただきます~~』みたいなセールストークを延々と聞かされている時間が増えた。
仕方なく、FM802はやめて、オンラインラジオAccuRadioに切り替える。
Jazzからゴスペル、クラッシックロックまでジャンルはとても広い。だが、残念ながら、JPOPはない。
僕にとっては、FM802はJPOPの新しいアーティストや新曲に触れる最高の機会だった。FM802のヘビーローテーションで聴いたスピッツの『ニノウデの世界』に受けた衝撃をいまでも鮮やかに思い出す。
Radikoなどの明るい芽はあるものの、他のメディア同様、ラジオも苦戦しているらしい。
なかでも、業界の方々が問題としているのは、若年層のラジオ離れであるという。
僕にも、ノスタルジアを語る以外の処方箋があるわけではない。
が、今の若年層にこそ、僕が『ニノウデの世界』に受けたような新しい音楽との出合いや、チンペイさんのような兄貴や姉貴が必要なのではないかと思ってしまうのだ。
*お詫び タイトルと内容、一部訂正しました。
photo by Roadsidepictures