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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

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20年前の高校時代の自分から手紙が届く~先生がそんなことをしている理由は

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  約束を守るということが、とても大切な美徳だったのは、もう過去のことなのだろうか。

 僕らを導くはずの政治家たちは、平気で約束を破る。
 約束を破るためには2種類の方法がある。やっぱりできませんでした!ゴメンナサイ!ってのと、言葉の意味と解釈を変えてしまって、ヤクソク、破ってません!ってのだ。
 もともとできないことをシャアシャアと約束する前者にも腹が立つが、後者の場合はどこまで連れて行かれるのかわからないので、さらに質が悪い。
 口達者にかかると、どこまでも意味が変わってしまって、変に説得されてしまう。だけど、ふともとの言葉に立ち返ってみると、やっぱり、ぜんぜんおかしいじゃん!となる。
 どうやら、政府は、日本語という言葉が始まって以来最大級の「解釈の変更」をするらしい。それを「解釈の変更」とするなら、言葉というものは、その意味するものを自由に変えても良いということだ。
 つまり、僕らの生きているこの現代の社会では、『約束』というものは、「解釈を変更」することによって、すべて無効化できるということらしい。

 ぷんぷんだ!

 と思っていたら、素敵な話を見つけた。

Teacher keeps promise to mail thousands of former students letters written by their past selves (将来の自分宛に書いた手紙を何千もの生徒に送る約束を守る先生)

 この記事に紹介されているカナダの高校の先生は、授業で生徒たちに、将来の、大人になった自分に向けて、手紙を書かせた。そして、20年後に、その手紙を生徒たちに送ってあげるという約束をした。

 彼はその約束通り、大人になった何千もの生徒たちに、手紙を送っているのである。
 もちろん、そのために、生徒たちの現住所を調べる必要がある。小さな町の高校のようで、ある程度の親たちはそのまま町に住み続けており、親からその住所を聞くことができた。Facebookの時代でもあり、現住所を調べることは、昔よりは容易になっているのであろう。
 しかし、なぜ今ごろ住所を聞き出しにきたのか、と猜疑の眼を向けたひとたちもいたようだ。

 それでも、彼がなぜこんなことをしているのかというと、生徒との約束を守るためだ。
 彼は記者にこう語っている。(以下引用)

「現代の社会は、約束の価値が軽くなった社会です」1961年に教師のキャリアをスタートしたブルース・ファラーは言う。
「われわれはあれこれするつもりだと言います。そして、些細な困難が重なると、すぐに ”もう充分だ。終わりにしよう” と思ってしまう。それが、結婚であれ、子どもたちとの約束であれ、自分が所属した組織とのことであれです。私は、約束に価値があるとする感覚が大切だと思います。ささやかなやりかただけど、生徒たちはわたしが約束を大切にしていることに気がついてくれるでしょう」

“I think our society now is a society of non-commitment,” said Bruce Farrer, who started students writing letters to themselves at the beginning of his teaching career in 1961. “We say we’re going to do something, whether it’s in a marriage, or with our kids or maybe even with our organizations we join, and some little thing ticks us off and we think ‘Enough of that, I’m walking out.’ … I think it’s important to have a sense of commitment, and maybe in a minor way, the kids see I value that.”                 

 
 もちろん、高校生だった頃の自分から、手紙が欲しいかどうかは、微妙だ。
 本田圭佑のような人であればいざ知らず、たいていの人は、当時の夢が破れつつあるだろう。完全に夢破れてしまい、新たな光も見えず、そんな手紙を読めば、さらに絶望が深くなる人もいるだろう。

 だけど、自分の人生が、高校時代に思い描いたような光で溢れた道でなかったとしても、ひとつの大切なことに、たしかに気づかされると思うのだ。
 

photo by Little Visuals