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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

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自由すぎる授業とホンモノの教師の話



モハメッド・アリがベトナム戦争への徴兵を拒否し、無敗のままヘビー級王座を剥奪され、再度、王座に挑戦したのは、1971年3月8日だった。
当時のチャンピオンは、ジョー・フレージャー。

ちょうど、僕の12才の誕生日だった。

マディソン・スクエア・ガーデンで行われた世紀の一戦は、全世界に中継され、日本でも生中継された。

たしか、5時限目だか6時限目のころだったと思う。

K先生は、モハメッド・アリがなぜ王座を剥奪されたのか、この一戦が、なぜ世紀の一戦と言われるのか、6年生の僕らに説明した。
そして、その時刻、K先生は、授業をやめて、テレビをつけた。
授業の一環として、この試合を、みんなで見る、という。

当時、まだ、充分に、アリの偉大さを理解できなかった僕らだったが、「世紀の一戦に立ち会うことができることはめったにない。よく見ておけ」というK先生の言いつけどおり、男の子も女の子も、固唾を呑んで、その試合を見守った。

家に帰ってその話をしたら、
また、K先生ったら、好き放題して。
自分が見たかっただけじゃないの、と母が呆れた。

でも、母の言い方にも、ある種の敬愛が含まれていることは、僕にもわかっていた。

40年前の教育現場は、いまより、もっと自由だった。

自分の子供の学級参観に行ったら、まず、教室の廊下側に壁のないことに仰天した。
ついで、隣のクラスを見たら、まったく、同じ内容で、おなじ手順で教えている先生をみて、さらに仰天した。
まるで、おなじ先生がふたりいるようである。

もちろん、当時だって、常識的なルールや管理体制はあったに違いない。

しかし、いくらなんでも、一般科目の授業をボクシング観戦にしてしまったのは、K先生だけで、僕の耳には届かなかったけど、先生たちのあいだでは、問題になっていたに違いない。

けれど、K先生は、誰の許可を得るでもなく、自分の信念にもとづいて、さっさと実行してしまった。

じつは、K先生には、こんな授業も受けたことがある。

「おまえら、勉強、嫌や嫌やと思ってるやろ。でも、ほんとはな、勉強は面白いもんやで。たとえばな、ず~~~~と遊び続けてみろ。絶対に飽きて、勉強したなる」

先生はこう言って、納得のいかない顔をしているクラスを見回し、さらに、こう宣言した。

「いまから、授業はやめる! すきなだけ遊べ。それで、ほんとに、勉強したなるかどうか、試してみろ」

ひょっとして、これは、何か裏やオチがあるんではないか、小学校も6年生となると、さすがに、半信半疑である。
しかし、K先生は、ホンキだった。
条件はたったひとつ。
学校から出るな、だった。

僕らは歓声を上げて校庭に走り出て、ドッジボールなどを始めた。

しかし、そのうち、校庭で遊んでいることに、少し退屈してきた。
で、誰かが、緑地公園に行こうと言い出した。
生徒を信頼して、大胆な授業を試みたK先生への、完全な裏切り行為である。
が、僕らはその誘惑に屈し、僕を含め、何割かの生徒は、校門の外へ出ていった。

さすがに、このときは、学校でも、保護者の間でも、大問題になったようだ。
K先生は、この授業を中止して、皆を集めた前で、一言、

「おまえらは、俺との約束を破った」

とだけ言った。

僕は、このK先生のことを、いまも度々思い出す。

あの世紀の一戦では、アリは劣勢で、最終ラウンドに4カウントのノックダウンをくらい、判定負けした。
K先生も、あの実験的な授業で、僕らに裏切られた。

でも、僕らはちゃんと知っていた。

K先生が理想に燃えて、僕らに、大切なことを教えようとしていたこと。
そのためなら、周囲の先生、校長・教頭、親の一部が、なんと言おうと、実行する覚悟があり、実際にそうして見せたこと。
そして、その姿勢、生き様こそが、K先生が僕らに教えたかったこと、なんだっていうことを。

アリは、その試合では負けたが、3年後、新王者となっていた、ジョージ・フォアマンにKO勝ちを収め、王座に返り咲いた。
世に言う「キンシャサの奇跡」である。

先生も、さぞがっかりして、あの授業は失敗だったと思っているに違いない。
でも、それは違う。
あの時の先生の教えは、まだ、僕の心の中に、火を灯してくれている。
ちょうど、モハメッド・アリが、僕らに勇気を与えてくれるように。
先生は僕らに裏切られながら、ほんとうに大切なことを、態度で教えてくれたのだ。

好意と理想に燃えた行為でも、裏切られることもある。

でも、勇気をもって、信じることをやれ。

きっと、何かが伝わるはずだ、と。

K先生、あのときは、先生の気持ちを踏みにじって、ほんとうに申し訳ありませんでした。

そして、ほんとうに、ありがとうございました。