歌って踊れる呉服屋になりたい
歌って踊れる、呉服屋さんになりたいのである。
誰もついて来てくれないことは認めるが、私社長は本気である。
始業45分前には、スタッフのは自然に出勤して集合。 軽く音をとって、朝のコーラスの練習開始。
始業時刻には、開店の曲になって、朝のコーラスはシメ。
お客さまが来られたら、いらっしゃいませ、明るく挨拶。
♫きょうは、何をお探しで〜♩なんでもありますイチロウヤ〜♫ と、途中から歌になり、あちこちのスタッフが、ハモって歓迎の歌。
反物着付けをさせていただくときは、ときどき、タップを踊りながら、 お似合いでしたら、心を込めて、
♫この世のものとも、思えぬほどに〜お美しゅう〜ございます♩
各パートのスタッフのがいつの間にかお客さまのもとに集まり、コーラスも最高潮に。
これが理想である。
だが、道は遠い。
ICHIROYA合唱部は、いまだ、部員は僕の一人である。
こんど、スタッフの募集をするときは、合唱部の一員になるかどうか、面接時に是非聞かねばならぬ。
いや、それはまずい。
会社の自主的なクラブ活動ではなく、歌って、踊って、ハモって、接客することが、弊社の営業活動であることを、ちゃんと告知して、それを良しとしてくれる人材こそを採用せねばならぬ。
会社でも、家でも、歌っていたいのである。
家族は、娘ふたりと嫁。 4人でアカペラチームを結成したく、もう、何十年も説得を続けているが、それも受け入れらない。
夕食後、僕がチューリップか何かを歌い出す。 嫁が、娘が、洗いものをしながら、雑誌をパラパラしながら、ソファに寝転んでいて、サビの部分から、ハモりだす。
たまの、休日のドライブ。 カーステレオを切って、ひとりずつ、好きな歌を歌い始める。 車の中は、和音の快感に包まれ、リードは次々と変わって、コーラスはどんどん続き、目的地周辺で、歌が終わるまで、グルグルドライブが続く。
ああ、そんな家族になりたい。
でも、無理強は禁物である。
思春期だった次女は、僕の説得を嫌がって、危うく荷物をまとめて出ていくところだった。
家族のメンバーひとりずつ、うまいエサで釣って、説得をしていくほかあるまい。
ハモりのための、CDだって売り出したいのである。
嫁の剣幕に、いったん引き下げた企画だが、じつは発売のチャンスを、虎視眈々と狙っている。
そのCDには、ハモりのそれぞれのパートが、単独で録音されている。 そいつで自分のパートを何度も練習して覚える。 つぎのCDには、自分のパートをだけ抜いたものが録音されていて、覚えた自分のパートをそのCDを聞きながら歌うと、ひとりでハモりの練習が完璧にできるという、究極のCD企画である。
そいつさえあれば、会社のちょっとした空き時間に屋上で、食後に公園で集まって、あるいは、友人の結婚式や、送別会に、すかっとカッコ良いハモりを楽しんだり、披露して皆をびっくりさせたりできるのである。
ああ、申し訳ないが、僕には、やっぱり素晴らしい事業センスがある。 あるレコード会社が、企画を募集していたので、この素晴らしい企画を持ち込んでやったのに、まったく音沙汰がないのは、音楽事業に関する僕のセンスを恐れてのことに違いない。
ああ、ともかく、カラオケ行きたいっ!