丁稚値(でっちね)
ビジネスマンとして成長するためには、挑戦と失敗が不可欠だという。
会社員をしている時、それはわかっていたが、失敗するかもしれないことに大胆に挑戦するには、とてつもないエネルギー、誰かに負けたくないとか、そこでやってみせなければ自分がオワルとか、そういう強い意志・動機が必要だった。
また、新しい職務についてすぐの時など、降りかかってくることをこなすことに精一杯でいる状態の時は、そういう精神状態にはなれない。
本当の意味で挑戦しているときは、毎日、「あんなことやるって言わなければよかった vs 絶対にやってみせるんだ」と心は揺れ、夜中に汗をかいてガバっと跳ね起きるようなことになる。
そして、たしかに、凄い人たちは、かなり頻繁に、できそうもないことを目標として公言し、必死で戦っておられ、そして、なんとかそれをカタチにすると、また次の目標に挑戦されていた。
そうは言っても、普通に会社員でいると、その人が限界に挑戦しているかどうかということは、あまり自明ではない。考課表の目標にはなんとでも書けるし、人事部や上司から訊ねられたら、挑戦的な目標にトライしている最中ですと、多くの人は答えるだろう。
古着、アンティークの業界に入ってはじめて知った言葉に、『丁稚値(でっちね)』という言葉がある。
僕らはオークションで仕入れる場合が多いのだが、その時、そのアイテムをどの値段まで買うかということが、利益を大きく左右する。
そもそも、品物を仕入れなければ商売にならない。
だが、競り上がって高く買いすぎると、その値段以上で買ってくださるお客様をみつけることができない。競り上がりで一騎打ちになると、まさに、崖に向かって突進するチキンゲームで、「自分が利益の出る範囲で買う」かもしくは、「競争相手になるべく高くで落とす(敗ける)」ことが「勝つ」方法である。
『丁稚値(でっちね)』というのは、誰が扱っても利益が出る範囲の、安全な値段のことを言う。
たまたま、何人もの参加者の注意が途切れていて、そんな値段で勝てることもある。
が、たいていの場合、勝てない。それではいけないと思っていても、店主の顔色を伺わなければならない『丁稚』の分際では、ついつい、そんな安全な値段ばかりビッドしてしまい、競り上がりに買い切ることもない。
『丁稚値(でっちね)』は、そういう状態を揶揄する言葉だ。
店主が時に、周囲から見るととんでもない高値でも買うのは、最終的にはどんな結果も自分で飲み込むことができるからだ。たとえば、『高値で落とされた』ような状況でも、そのものについては損かもしれないが、『あの商品なら◯◯さんが高くで買ってくれる』という評判になれば商品が自然と集まってくるようになり、長い目でみると大きな得になっていたりする。
もちろん、知識が豊富でお客様も多く、最高のものは相当な値段で買っても、買い手をみつけることができるという自信にもささえられている。
また、それが目違いであって、『あいつはモノが見えず、相場の何倍もの値段で買った』となることもある。
しかし、そいう失敗を皆の面前で何度もしていても、手痛い授業料を払うことによって、やり手の店主は、いつの間にか守備範囲を上へ横へと広げていく。多くの人の前で失敗してみせることのできる人は、大きく伸びていくのである。
もちろん、店主でも、『丁稚値』ばかりで挑戦しない人もいるし、逆に、従業員なのに並みいる店主たちをぶっちぎっていく人も、中にはいる。
ただ、会社員の世界と異なり、僕らの世界では、『丁稚値』ゾーンにいるひとと、それを超えているひととの違いは、競り場で顔をつきあわせていれば、すぐに明らかになる。
それにしても・・・競り場で僕がダントツで買うたびに、『ああ~~やっちまったあ~~』みたいな雰囲気が流れるのはなぜかな?
まったく、みんな、わかっちゃいないぜ!
photo by Mikael Wiman