人生の豊かさは「意志」こそが決める
成功、あるいは、豊かな人生を送ることができるかどうかは、才能と努力のどちらが決めるのだろうか。
一般的に言われているように、それは(才能)x(努力)の掛け算によって決まり、才能が多少でもあれば、人並み外れた努力でカバーできると思われる。
しかし、努力というものは、強い継続的な意志が必要となる。
その意志はいったいどこから生まれるのだろうか。
僕はポジティブなことばかり書いているから、脳天気と思わているかもしれないが、案外、人間というものに対する絶望は深い。深いからなんとかその深淵から頭を出したくて、懸命にポジティブなものに眼を向けている面がある。
で、ついつい考えてしまうのは、その「意志」だって、結局は運や偶然、あるいはもって生まれた才能が生むのではないかということである。
たとえば、以前紹介した用務員から校長先生になられたひとだが、彼の才能を見出してくれた先生がいなければ彼は今でも用務員だったかもしれず、また、継続的に努力を続ける才能がなければ教師になるための学位もとることができなかっただろう。
そして、結局は、何を持って生まれるか、どんな環境に生まれて、どんな人に出会うかがすべてを決めるのなら、人間の可能性にどんな崇高なものをみることができるのだろうか。
そんな風に考えてしまいがちなのだが、そんな僕の足元をすくってひっくり返してくれるひとをみつけたのである。
ミカエル・サントス氏は現在50才。
1987年に麻薬の密輸の罪で収監され、26年間のあいだ刑務所で過ごし、去年(2013年)、出所した。
「不当に長い刑期(本人談)」を受けた20才半ばの彼は、そんな判決を下した裁判のシステムを恨むのではなく、世間を呪うのでもなく、自分の人生に絶望するのでもなく、「刑務所で過ごす囚人たちが人生をやり直せるためには、本当は、刑務所に何が必要なのか」を考え始めたのである。
2011年の調査によれば、アメリカでは受刑者のおおよそ半分が、3年以内に刑務所に戻ってしまう。
再犯の理由は複合的だが、試用期間中に失敗してしまったり、長年刑務所にいるために世間で生きる準備ができていなかったりする。
彼によれば、刑務所内で良い生活をしようとすれば、出所後の自分の人生のために真面目に職業訓練に励むのではなく、囚人仲間のなかで頭角をあらわす必要があるのだそうだ。つまり、暴力と経済力(地下経済の)で仲間から抜きん出たものが、個室を与えられたり、楽な仕事を割り振られる。
刑務所というところは、罪を犯してしまったひとたちが、まっとうな人生をもう一度送り始めるための教育や訓練の場所であるはずだ。しかし実際のところ、そんな役目を果たしていないどころか、逆にギャングたちの習慣や思考と絶望で染める施設になってしまっている。
そのことに気づいた彼は、それを変えることこそ、自分の人生の意味であり仕事であると思い定めた。
毎朝6時に起きて、運動をし、仕事に向かう。
ほかの囚人からなるべく離れて、学位をめざして勉強をし、刑務所の病院でボランティアをする。
それを26年。
毎日顔を合わす仲間たちは、ほとんどギャングのような連中である。
そして、そんな気の遠くなるような「最高の環境の中」の26年の間に、彼はアメリカの刑務所のシステムについて7冊の本を書きあげた。
出所したサントス氏は、現在サンフランシスコに住んでいる。
大学や刑務所で講演をして国中を旅し、「The Straight A Guide」というプログラムを考案し、受刑者が社会に貢献する方法を考えたり、自分の人生の目標にもう一度向き合うことができるように教えている。彼のそのプログラムはいくつかの刑務所で採用され好評である。また、彼の本も刑務所内でとても人気があるそうだ。
さて、そんな彼は、もちろん、知的な能力の優れた人なのだろう。
家庭環境などはわからないが、とにかくギャングたちの仲間となり麻薬の密輸に手を染めた。そして、社会を呪い、人生に絶望しても何の不思議もない、いや、それが当然と思える環境下に20数年置かれた結果、200万人以上いると言われるアメリカの囚人たちにポジティブなインパクトを与える仕事をするようになった。
それも必然だった、運命だったとも思えないことはない。
だが、深い深い絶望と怨嗟の深淵から、彼の心を光の元へ救いだしたものは、いったい何だったんだろう。
何が彼をそうさせたのか、短い記事を読んだ範囲ではわからない。
だが、恩師との出合いというような劇的な契機があったわけではなさそうである。
どういうわけかわからないが、彼はそのようになったのだと思う。
僕らの見える世界の物理現象は必然に支配されている。
しかし、不確定性原理が教えるように、究極のものの存在は、そもそも正確に観察することもできない。
彼のケースも、おおむね必然で説明はできるのかもしれない。
だが、彼がその環境に置かれて、どちら側へも転がり落ちることができたその瞬間、彼は不確定性原理下にある量子のような存在だったのではないだろうか。
なぜ、どのように、かは見ることも説明することもできないが、光輝く方へ向かおうとした。
そして、僕は思うのだ。
それこそが、彼が示したこの決断こそが、必然の軛から自由な、ほんとうの「意志」というものではなかったのか、と。
そこに無限に崇高なものを感じることができるのは、おそらく僕だけではあるまい。
(参照記事:Teaching Optimism After Twenty-six Years in Prison)
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