破滅の淵への転落を、2度まで僕を引き止めたのは、誰か
嫁はクリスチャンである。
すべてはイエス・キリストの御心のままに、と思っているようである。
僕はクリスチャンではないが、やはり、すべては、天の命じるままに、と思っている。
「天」がイエス様なのか、お釈迦様なのか、閻魔さまなのか、ご先祖さまなのか、あるいは、守護霊さまなのか、いまだ不明である。
会社を辞めて、家族や従業員の生活を預かって10年を超えた。
じつは、その間に、2回、大きな崖から飛び降りる決意をしたものの、「天」の邪魔が入って、その決意を翻した。
1回目は、10年前に会社を辞めて、この仕事を始める前。
42歳で、娘をふたりの家族を背負い、あれでもない、これでもない、いったい僕は何をやるべきか、そもそも、なんで会社を飛び出してしまったのかと思いはじめたころ。
ついに、エスニックショップをつくることに決めた。
空き店舗を探すが、なかなか気持ちが動く物件がない。
いずれも場所や外装が納得いかない。
何十軒と見て、ついに行き着いたのが、当初考えていたより広く、駅そばの物件。
天井が高く、空間を商品演出にうまく使えそうだったし、通行人の多さから来店客も見込めそうだった。
すでに会社を辞めて半年近く経っていた。
ほかにやれそうなこともない。
しかし、家賃は想定以上だし、広いことから、在庫に相当の資金を投じる必要がありそうだった。
失敗したら、退職金は底をつく。
しかし、ほかにやることはない。
決心をして、手付けをうちに行く日を決めた。
その前日、やはり、不安が高じる。
失敗したら家族を路頭に迷わせる。このプランは、100%成功するのか。
ついに電話を取り、大阪府のコンサルタントのかたに、僕のプランを聞いてもらうことにする。
手付けをうつのは、午後。
その午前中に、図面、地図、事業計画書をもって、嫁とふたりで説明に行った。
たまたまそのコンサルタントの方は、僕と同じく、大丸さんの出身だった。
だから、というわけでもないだろうが、僕の話に真剣に耳を傾けていたその方は、開口一番、こう言ったのだ。
「絶対に失敗するから、やめなさい」
やめたほうがいい、とか、これこれは検討したほうが良い、というような話ではない。
コンサルタントのかたは、命令口調で断言してくださったのだ。
僕は眼が覚め、すんでのところで、その計画を白紙に戻した。
もう1回は、海外売上げが伸びているころ。
海外向けの日本商品のオークションサイトをつくろうと計画した。
サイトの製作と運営は、システム会社と弊社の共同。
そして、オークションサイトのオープンにあわせて、海外向けネット販売のノウハウに関する本を出版し、告知も大々的におこなう。
お互いに相当の労力と資金をつぎ込んで勝負にでる心づもりだった。
雑誌の取材をうけた縁で話をもっていった出版社は、経営陣の一員のかたに確約をもらった。
原稿も用意した。
しかし、ある日突然、連絡が途絶えた。
不思議に思って連絡しても、返事はない。
一方、システム会社さんとの話も、スケジュールに関する齟齬があって、そのまま、長期間、たなざらし状態となった。
そして、その出版社が倒産した、というニュースを受けとった。
原稿をほかの出版社に持ち込んだが、出版しようという出版社はあらわれなかった。
計画は白紙となった。
その後、リーマンショックがおき、海外向け売上が急落した。
そのサイトを実際にやっていれば、その時点で、計画は大きな試練を迎えただろう。
2回とも、「やめよ」という天の声に、破滅の淵への転落から、引き戻されたような気がして仕方がないのだ。
そもそも、古い着物との出会いも、まったくの偶然であった。
また、一日、元気で仕事ができるということは、ひとの役に立つことをせよ、という天の声だと思っている。
一生懸命努力する。
しかし、結局、すべては天が決める。
で、ときどき、不意に振り返って、そこに誰がいるのか、訊ねたくなるのだ。
破滅の淵への転落を、2度まで僕を引き止めたあなたは、いったい誰なのかと。