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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

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『お父さんが嫌いな理由を説明するね』 父と娘はガチトークできませんでした 

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 僕には娘がふたりいます。
 下の娘は中学生の頃、僕とふたりきりで車に乗るのを嫌だと妻にこぼしたそうだす。娘から何かの話題をふってくることはないし、僕が一生懸命共通の話題を探して話しかけても、生返事が帰ってくるだけで会話は続かなかったのです。
 世の中にこれほど苦しい沈黙があるのか、というような沈黙が車内を支配しました。
 ふたりっきりで車にいたくないのは、お互い様だよ、と泣きたくなりました。

 一方、長女とは本好きという共通点があり、中高生という微妙な年代の間も、とくに壁を感じたことはありませんでした。それでも、100%心が通い合いコミニケーションにまったく問題がなかったかというともちろんそういうことはなく、たとえば、知らぬ間に娘をいたく傷つけてしまい、泣き出した娘が長時間部屋にこもって出てこなかったこともありました。

 うちの場合は、長女と次女の父に対する様子はかなり両極にあると思うのですが、おそらく、世の中高生の娘と父の関係は、その間のどこかにあるのではないかと想像します。
 そして、ほとんどすべての父親が、年頃の娘とどうやってコミニケーションをとったら良いのか、娘は自分のことを嫌っているのか(キモいと思っているのか?!)、いったい娘は何を考えているのか、と途方に暮れているのだと思います。

 そんな時、父親はタイミングをみて娘にボールを投げてみたりするのですが、簡単に跳ね返されたり、スルーされたりします。また、時には、話が噛みあうこともあるのですが、それは、どちらかと言えば、神の気まぐれによる僥倖のようなもので、いつもそれをのぞむことはできないように思います。
 たいていの父親は、そこで、父娘の関係はそういうものだと諦めるのではないでしょうか。

 しかし、諦めなかった人がいました。
 中山順司さんです。
 彼は中学校1年生となった娘が、急に素っ気なくなったことに心配し、父としてどうやって娘とコミニケーションを取るべきか模索し、結局、娘とマジでトークすることにします。毎週土曜日の7時から、コメダ珈琲かガストに出かけ、3か月間にわたり、まじめな話題について話をすることになったのです。
 
 中山さんとお嬢さんの関係は、どちらかと言えば、僕と長女の関係に似ているように思います。でも、そんなお嬢さんは、こんなことを言います。

 お父さんはキモいから。 (中略) 何て言うのかな。本当に「オェェ・・・」って感じで気持ち悪い。ゾワゾワする。 (中略) 清潔かどうかってことじゃなくて、行動とかしゃべり方とか・・・存在そのものが気持ち悪いの。


 お嬢さんは、「お父さん以上にキモい人はいないね。(中略)ブッチギリだね」とまで言い切ります。しかし、よくよく話を聞いてみると、お嬢さんが父をそう思っている理由は、父が自分を溺愛していて、そのために際限なくベタベタしてきたり、歓心を買おうと涙ぐましい努力をすることにありました。

 お父さんって、まるで飼い主に好かれたくて必死にしっぽを振っている子犬みたいで、かっこわるいよ。

 
 もちろん、「飼い主」とは「娘」のことです。
 中山さんのお嬢さんへの愛情に比べて、お嬢さんのそれはかなり冷静。

父「お父さんのこと、好き?」
娘「フツー」
父「フツー?」
娘「ビミョー?」

  
 中山さんのように全力で娘を愛していても、そしてそれを毎日態度で表現していても、娘というのはそれを受けとめて嬉しいというよりは、年頃の娘は、ウザいと思ってしまうものなのですね。
 なんだか、お嬢さんの言葉に、非常に納得がいきました。
 
 その時の一連のトークはネットの記事としてとてつもなく人気になり共有され、また、加筆されて本になりました。
 じつは、僕の本の献本/プレビューに中山さんが連絡してくださったことから、僕が逆に中山さんのコラムや本に興味を持ち、それなら、ということで、お互いに本とレビューを交換することになったのです。
 いただいたご本はとてもおもしろかったです。父と娘で始まったトークは、やがて母が加わって伴侶選びの話題になったり、祖父が加わって死生観の話になったり、とどんどん話が深まっていきます。
 「父が娘にとってキモイのはなぜか」で始まった話が、やがては、中山さん自身の思索を深める旅になっていきます。
 この本は、年頃のお嬢さんをもつ父親だけでなく、すべての方に全力でおすすめしたい本です。


 ところで、僕と次女の話に戻ります。
 僕の場合、年頃だったころの次女と、連続トークで本音を語り合うというようなことは、とてもできませんでした。
 次女は、僕を嫌っていたように思います。
 その理由のひとつは、「自分はできない娘で、父に嫌われている」と思っていたからです。
 僕は小柄でスポーツはダメ、友達の間で一目置かれるようなこともなく、イケメンでもなく、ただ、勉強は少しできました。そのため、大学入学までは勉強にすがりついていたようなものです。結果として、農学部ではありますが、京都大学に入学することができました。
 まず、娘は「京大とかに行けるほど勉強ができなければ、アホと思うに違いない」と思っています。
 また、僕は劣等感の裏返しで、受験勉強をしている時も、会社にいる時も、そして、会社をやめて妻とふたりで仕事始めた時も、なにかをやるとき相当徹底してやります。ワークライフバランスが相当悪い(吹っ飛んでしまうこともよくありました)、それでもやってしまうタイプです。
 それを身近に見ているだけに、娘はこう考えます。「勉強でも仕事でも、朝も夜もなくやり続けなければ、ナマケモノと思われるに違いない」
 さて、僕にどんなことができたでしょうか。
 僕にはいってしまった京大の学歴を消すことも、自分が与えられたDNAで最大限社会に貢献して死にたいという思いを消すこともできません。

 そんな次女は、27才になり、じつは、昨日、結婚式でした。
 披露宴では、最後に花束の贈呈とか、父と母に感謝の言葉とか、そういうビデオとか、いわゆるお涙頂戴的な演出があります。
 きのうも、最後に、僕と妻は新郎のご両親とともに会場の端に立たされました。そして、アンティークの黒振袖を着た次女が、ひな壇で、父と母に贈るメッセージとやらを読み上げました。
 
 「・・・パパは最高にかっこいい・・・」

 嘘をつけ、俺のこと嫌いなくせに。   
 ずっと、俺のこと嫌っていたくせに。
 いまさら、なんだ。

 妻は、その時、僕が、号泣したと言っています。
 しかし、人様の前で、遠くからわざわざ披露宴に出席してくださったご親戚やご友人、先輩や友達の前で、新婦の父が、お涙頂戴の演出にのって、号泣なんてことあるでしょうか?  
 ありえません。

 
 まあ、そんなこんなで、世の中のすべての父と娘の間には、それぞれの物語があるように思います。

 

お父さんがキモい理由を説明するね―父と娘がガチでトークしました (Linda BOOKS!)

お父さんがキモい理由を説明するね―父と娘がガチでトークしました (Linda BOOKS!)

 

 
*出版の元となった記事はこちら

bizmakoto.jp