ICHIROYAのブログ

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僕の本の韓国語版が発売されました!

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 僕の一冊目の本の韓国版が発売された。
 表紙の写真が、十数年前、僕が感じていた閉塞感をよくあらわしているように思う。 
 後進のビジネスマンに届けたいと思って書いた文章が、こうやって海を渡り、別の国の人のもとに届く。
 翻訳にあたっては、複数のエージェントの入札となり、出版社さんの話では、韓国の出版マーケットのサイズから考えると、破格の金額での落札となったという。
 なぜ、韓国の人がこの本にそんなに興味を持っていただけたのか、わからないと出版社の社長さんは言う。
 もちろん、隣国でありながら行ったこともない僕にも、その理由はわからない。 
 ひょっとすると、韓国は日本以上に競争が厳しく、組織の中で生きていくことがより難しいのかもしれないと想像するだけだ。 
 それにしても、嬉しいことだ。

 いまだに、あの本を出版してよかったのかな、という思いがときどき胸に去来する。
 とくに、厳しいレビューがついたとき、胸にぐさっと刺さって、数日はじくじくと痛む。
 だけど、先日、読ませていただいた中山さんのご本『お父さんがキモい理由を説明するね』に、娘さんと「後悔」について話している部分があって、それが胸に沁みた。

 

 後悔は「最も話しにくい話題であると同時に、最強のメッセージでもある」と強く思いました。人の心に何かを伝えるのに、最強の部類の伝達方法かもしれません。(中略) 後悔を話す側、聞く側、双方に心理的報酬があります。話す立場からしたら、「メッセージが相手に深く届く」という報酬。命令や説教だと、聞く側が拒絶します。でも、この形式だと、強制力がゼロです。それと、間接的な愛情表現になります。だって、こういう話は、相当に近しい関係でないとできないですから。自分自身の後悔を伝えている事実そのものが、すでに愛情表現になっています。これが、伝える側の心理的報酬ですね。


 中山さんのご本は先に紹介したとおり、非常に面白い本なのだが、実は、娘との関係という主題とは別に、僕にはこの後悔について書かれた部分が、とくに響いた。
 僕はこの言葉を、僕の本、『僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと』の存在意義についての暖かい言葉として、勝手にいただくことにした。
 たしかに、僕が「できるビジネスマン、かっこいい組織人」であるという見栄を捨てて(それは、僕が経営者として今後生きていく上である程度必要な印象であったのだが)、あの本を書いたのは、同じような立場にある人々への愛情からであった。
 それがなければ、あそこまでカッコ悪い話、自分自身に失敗者という一生消えないレッテルを貼ってしまうかもしれない話、「本来、近しい関係でないとできない」話を書きはしない。
 その愛情は、たとえば、当時の会社の人たちには伝わったらしく、いまでも盛んに同窓会や飲み会に呼んでいただけるし、人事の方からちょっとした提案をもらったこともある。

 
 また、本の話になってしまった。
 しかし、行ったことのない、隣国、韓国。
 韓国にも、ぼくらの同じように、組織人としての生き方に苦悩する人たちがいる。そういう人たちへの僕の「間接的な愛情表現」が、多くの人に受け取ってもらえたら嬉しい。
 そして、近いうちに、僕のこの本が書店に並んでいるかもしれない時期に、ぜひ、訪れてみたい。 

 

PS 韓国の版元のHANBIT BIZ, Incさん、バジリコ、伊藤さん、社長さん ありがとうございました!