僕たちは、誰よりもハードに働きながら、自分の時間や家族との生活を大切にできるのだろうか
第二子の里帰り出産のため、山梨県に嫁いだ長女が我が家へ帰省中です。おかげさまで第二子は安産で、病院到着後わずか2時間で生まれました。
第一子、つまり、僕を生物学的なお爺ちゃんにした初孫の「いち乃」は2歳。普段は僕と妻、次女の3人しかいない我が家は現在、長女と孫ふたりが増 えてとても賑やかです。楽しい毎日ですが、とても大変でもあります。妻とは普段一緒に自営で仕事をしているため、長女の帰省・出産にあわせて彼女が店に来 なくても回る体制を整えました。まだ生後1カ月の子どもの世話をしなくてはいけない長女の代わりに、妻がいち乃の面倒を見ています。
ところで、僕と妻も30年ほど前、同じような状況になっていました。
妻は実家で第二子を産んだあと、公営住宅の我が家に帰ってきました。当時僕らが住んでいたのは、エレベーターがない5階建て住宅の最上階。いった ん外に出たあと、妻はどうやって部屋に戻ったのでしょうか。まだ生後何カ月かの次女を抱き、ぐずる長女をなだめすかして歩かせたのでしょうか。
僕は当時の状況がほとんど思い出せないのです。たとえば、今、いち乃はトイレトレーニングの最中で、我が家のトイレには子ども用便座や絵本が置い てあり、トイレが間にあったといえば家族で歓声があがります。しかし、僕には長女のトイレトレーニングの思い出がまったくないのです。もちろん妻はたくさ ん覚えていて、いろいろと話してくれるのですが、僕は「そうだったっけ」という程度で、動画のように鮮やかに思い出すことはないのです。
どうやら、僕は、大切なたいせつな瞬間を、きちんと脳裏に刻み込まずに生きてきてしまったようです。 (続きはこちらで)
リクナビネクストジャーナルさんに寄稿させていただきました。
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photo by Rachel Wilder