ソーシャルメディア時代に大切なこと~中途半端なルックアップはやめてルックダウンせよ!
アイスホッケーをやっていた時、「ルックアップ! Look Up! ルックアップ!」とよく叱られた。
パックが回ってきた時に、手元のパックを見ずに頭を上げてよく周囲を見ろ、という意味だ。
サッカーでも同じだと思うが、上手い選手は全体のプレイヤーの動きを常に見ていて、最高のパスを出す。まるで、フィールドの頭上から全体を見ているような、まるで背中に目がついているような、まるで未来を知っているかのようなパスを。
もちろん、それは何度も試したフォーメーションがそれぞれのプレイヤーの頭の中にあって、そのスイッチが同時に入ることによって達成されることもある。
それにしても、足元のボールを手なづけて敵から奪われないようにしながら、頭を上げて(Look Up!)周囲のプレイヤーの配置がどうなっているのか、確かめる能力は凄い。
アイスホッケーを真剣にやったのは4年。ある程度滑れて、パックが手につくまで3年。4年目はなんとか「ルックアップ」しようとしたが、まだまだ難しかった。
意識して顎は上げるのだが、視線はパックに張り付いたままということが多かった。お前のは、ルックアップじゃなくて、ルックアップのフリだな、と言われたが、そのとおりだった。
少し若いうちからホッケーを始めていたら、数年でルックアップができるようになっていたのかもしれない。
氷の上を自由自在に滑ることとスティックを自分の手の延長であるかのように手繰ることができなければ、本当に意味でのルックアップはできない。
ところで、最近は、気がつくと、この「中途半端なルックアップ」状態にいる自分に気がつくことが多い。
何かをしている時に、ついついTwitterやFB、ネットのニュースなどが気になって、その時にしていること、本を読んでいる時とか商品を仕分けしている時とか食事中とかに、である。
断片化された情報やタイトルだけのニュースを、そうしてランダムにかじりまくる様子は、昔の僕の「中途半端なルックアップ」そのものだ。
「中途半端なルックアップ」は、プレーにこんな影響を与える。
1.ゴールをするという本来の使命を忘れる
中途半端に頭を上げて考えてしまいがちなことは、パスのできる相手を探すことだ。
できる選手は、自分でシュートを打つのか、パスによってより高いゴールの確率ができる味方にパスをするのか、瞬時に判断できる。が、できない選手がルックアップに意識を取られていると、自分でシュートを打てばよいとき、自分でもちこんでシュートを打つべきときに、ついつい、パスに逃れてしまう。
たとえ華麗なパスであっても、いくら回していてもパスはパスに過ぎず、得点は入らない。
10本のパスで得点が入ることはないが、10本のシュートを打てば下手なシュートでもたまたま入る可能性があるのだ。
プレイヤーはパスを回すために氷の上にいるわけではない。ゴールするか、少なくとも、どんなに薄いチャンスでも自らシュートをしなければ、存在意義がない。
たぶん、人生も。
2.「ルックダウン」が基礎だ
「ルックアップ」のできる選手になるためには、相当の練習が必要だ。いまは楽々とルックアップしている選手も、手元のパックに全神経を注いで練習した時期があったはずだ。
また、「ルックダウン」して1対1の相手を抜き、抜いたあとにルックアップしてパスできる相手を探すということもあるだろう。
そもそも、ルックアップのできない選手の多いチームにも、それなりの戦い方がある。たとえばレッドラインを超えればとにかく敵陣に放り込めとか、自陣の奥でパックを奪ったディフェンスはとにかく逆側のウィングに思いっきりパスを出せとか、視線の端に少しでもゴールが見えたらとにかくシュートせよとか、絶対にあたり負けるなとか、単純なルールを決めておくのである。
そういうことの徹底できた「ルックダウン」チームは、「中途半端なルックアップ」チームより強い。
たぶん、僕らの毎日も。
「ルックダウン!」
*またまた、Justinさんの記事「Heads Down」に触発されて書きました。彼はそれを「Heads down」と表現されて、Heads downの重要性について書かれています。
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