会社を急速に大きくするには、『黒い帽子』をかぶらなければならないのだろうか?
今回の記事では、『黒い帽子』という言葉を、『ブラックハットSEO』(悪質な手法を駆使して検索結果ページの上位に自社のサイトを表示させる行為)のような、ある程度顧客の利益を無視した、あるいは、厳密な倫理観には疑問符がつくような強引な販売、宣伝手法という意味で使いたい。
たとえば、Aという『白い帽子ウェッブショップ』とBという『黒い帽子ウェッブショップ』があるとする。
Aは、お役立ち情報をメインにして、新着情報も掲載されているメールを1週間に一通だけ送る。
Bは、お買い物をしてくれたお客様に新着情報のメールを毎日数通送る。
両社の2年後の売上規模はどうなっているだろうか?
たとえば、Aという『白い帽子の呉服屋』とBという『黒い帽子の呉服屋』があるとする。
Aは、販売員の評価を売上と顧客アンケートの満足度、クレームの多寡などから総合的に判断して、販売員全体のレベルを上げていこうとしている。
Bは、主に売上成績で販売員を序列化し給与も連動する。また、最低の5%に2年続けて入ると、解雇される。
両社の2年後の売上規模はどうなっているだろうか?
あるいは、僕が使わせていただいているこの『はてなブログ』というサービスは素晴らしいと思う。顧客からの要望に真摯に耳を傾け、機能の改善につとめておられる。
ところが、以前から顧客の要望のあるエクスポート機能(簡単に、ブログの記事を移転したり、自分で保存するための機能)は、いまだに実装されない。
顧客の要望を真摯に聞くという姿勢を貫けば、かなり以前に実現していてもおかしくない機能だ。
さて、なぜ、はてなさんは、この一点において、顧客の要望の実現を先延ばしにし続けるのだろうか。
実は、僕は自分のビジネスを12年やってみて、やっぱり、急速に会社を大きくする、あるいは自分のつくったサービスを広めるためには、『黒い帽子』をかぶる必要があるのではないか、と思いはじめている。
まだ、確信はない。
『白い帽子』をかぶったまま、一生懸命工夫すれば、急速に伸びる場合もあるのかもしれないし、そうであって欲しいと望んではいる。
今朝、Mediumでこの記事『Fake It Till You Make It』(成し遂げるまでは、欺け!)を読んで、僕のそんな疑問に対するひとつの見方が書かれていて面白かった。
この記事は、とくにスタートアップ(起業)時には、やはり、ブラックハット的な手法が必要になるのかもしれない、ということを、いくつかの実例とともに紹介している。
著者(Jean-Luc Davidさん)の知人の話として、その知人と同じようなクラウドのサービスをはじめた会社が、サービス開始時に架空の注文を集中させて人気があるように見せかけ、結果、知人の会社を大きく上回る成長をした件が紹介されている。
また、いまでは大きくなった会社でも、スタートアップ時にはブラックハット的な手法に手を染めた事例(一般的に知られているもの)をいくつか紹介している。
*Facebookは初期の段階で大学のウェッブサイトから学生のメールアドレスを採録して大量メールを送りつけた。
*AirBnB(宿泊サイト)はボット・フェイクのアドレスを作って、クレイグリスト(地域限定情報交換サイト)への返信を自動で行わせた。
*Path(家族と親友だけでつながるフェイスブックのようなサイト)は百万ドル以上をフェイスブックの宣伝とスパム技術に使った。
*Paypalは初期の段階で、ebayで落札して、その支払いをPaypalに指定するボットをつくった。そのため、売り手はPaypalがすでに買い手の間では人気がある支払手段と錯覚した。
*Reddit(アメリカの2ちゃんねるのようなもの)は、ごく初期も、たくさんのリンク(記事)が投稿されているように見えたが、会社がつくった架空ユーザーの登録のものだった。
*ほとんどの出会い系サイトは、フェイクの登録ユーザーが登録されている。現在ではフェイクのユーザープロフィールを自動でつくるサービスもある。
なるほど、そうなのかもしれない。
とくにウェッブサービスの立ち上げ時には、『黒い帽子』をかぶることは、必須なのかもしれない。
楽天さんですら、いまだに迷惑なメールをがんがん送り付けてくるし、その解除のしかたもとてもわかりにくい。
その記事に書かれている例はすべてウェッブサービスの事業であるし、また、スタートアップのフェイズの事例である。
僕の事業に直接参考になるものではない。
しかし、やっぱり、ロケットスタートには『黒い帽子』をかぶることも必要になるのかもしれない、と思わざるをえない。
だからといって、僕自身は『黒い帽子』にかぶりかえる気はしない。
そして、最後は、『黒い帽子』をかぶってまで会社を大きくしたいかどうか、という点にかかってくる。
自分のビジネスはともかく、はてなさんがエクスポート機能の実装を先のばしてしている事情は、おおむね想像がつく。
エクスポートが簡単にできるようになれば、利用者が流出してしまう危険がある。
現時点では、そうすることによって、顧客満足度もあがり、はてなさんという会社の姿勢に対する評価も高くなるだろう。そして、現実問題として、利用者は流出よりも、エクスポートできるという安心感による流入のほうが上回ると思う。
ただし、将来、凄いブログのサービスをどこから始めたらどうなるだろうか?
たとえば、Mediumが日本向けのサービスを始めたりしたら?
そうなったとき、エクスポート機能があれば、一気にユーザーが流出してしまうことになる。
はてなさんはそういう怖さをひしひしと感じているので、エクスポート機能の実装は後回しにしているのではないかと思う。
と、ここまで書いてきて、思った。
はてなさんは、『白い帽子』をかぶって、日本のインターネット文化の重要な部分を支えてこられた会社だと思う。
しかし、はてなさんほどの会社でも、まったくの『純白の帽子』というわけにもいかず、近寄って仔細にみれば、多少、黒ずんだ個所もあるのかもしれない、と。
それは、はてなさんが倫理観にもとることをしているというわけではなく、つまり、ユーザーの利益を第一義に考えながらも、顧客の利便性・安心感よりも、自社の利益を優先して考えざるをえない部分もあるのかもしれない、ということだ。
『白い帽子』と『黒い帽子』。
考えはつきず、いまだ、僕に確たる答えはない。
たぶん、僕自身は、薄汚れた『白い帽子』をかぶったまま死ぬだろうけど・・・
追記)2014年8月23日 エクスポート機能が使えるようになりました!
photo by New Old Stock