ICHIROYAのブログ

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「黒」と「紺」を巡る古着屋の冒険

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 僕が見ている世界と、うちのラブラブラドールが見ている世界は違う。
 それはわかる。
 だけど、僕が見ている世界と、うちのスタッフたちが見ている世界が、まさか違っているとは思わない。
 いや、実は、どうやら違うようなのだ。

 

 僕の商売はリサイクル着物のネット販売だ。
 たくさんの写真を撮り掲載するが、濃い紺や濃い茶色などは、写真からは判断しにくい。黒なのか、紺なのか(あるいはこげ茶なのか)が、わからないのだ。
 そこで、説明文に色名を書くことにしている。
「黒に近い濃い紺」とか、「濃いこげ茶」とか、「黒」とかである。

 何年か前から、その文章をスタッフに書いてもらうようになった。
 そして、ある時気づいた。
 「紺」「茶」「黒」の色を、間違えて書くスタッフがいるのだ。


 どう見ても「紺」なのに、「黒」と書いてくる。
 パソコンのキーボードの「黒」の上にのせて、ほら、こっちが「黒」。
 この着物は、この「黒」に比べたら青っぽいでしょ。「紺」だよ、「紺」。

 

 スタッフは、わかったようなわからないような表情。
 やれやれ、とため息をついて、修正する。


 そのうち、スタッフを呼んで修正するのはあきらめて、気をつけておいて、自分でチェックして修正することになった。
 

 さて、そうこうするうちに、スタッフの数が増え、説明文を担当する人も増えてきた。
 すると、また、「黒」と「紺」、「こげ茶」の混同をする人が現れた。
 そりゃ、変だ。
 もちろん、そのスタッフが色覚異常である可能性はある。
 だけど、Wikiでみると、日本人女性の色覚異常は600人にひとりとか、数万人にひとりの確率のはずである。
 ちゃんと尋ねてみたわけではないが、どうもスタッフの半数ぐらいが、その間違いをするような気がする。
 そんな可能性は極めて低いはずだ。

 

 そして、ある時、娘の麦も、同じ間違いをすることがわかった。
 驚いてひとつの色を見せて、何色か聞く。
 僕と嫁が「紺」と見ているものを、麦は「黒」という。

 

 その時点で、ついに、わけがわからなくなった。
 ひょっとして、「半分ぐらいのひと」が、僕が「紺」と見ているものを、「黒」と見ているのではないか。
 スタッフの半分がそう見ているのなら、お客様の半分もそう見ておられるかもしれない。
 
 もし、娘の麦が社長だったら、「イチローくん、何度言ったら、わかってくれるの!これは『黒』なのよ。これを『紺』って書いて送ったら、絶対に苦情になるわ」と言われていたかもしれないのだ。


 不思議だ。
 でもネットで調べればすぐに理由はわかるだろうと思い、検索してみた。

 OK Waveには、こんな質問が。

「最近、ネットで色がカタカナで「コン」と書かれているスーツを購入し、到着したので早速確認したのですが、昼間に外で見たり、蛍光灯で見たり、知人にも見てもらったんですけど、どう見ても玉虫色の様なテカリも無い真っ黒でした。そこで、コンと黒の色の定義ってどうなってるの?色表記には混同するのはよくある事なの?」

あるいは、あるブログには
「目が悪いのか?? 色彩感覚に障害があるのか?? 黒と紺の見分けが付けられません・・・私のクローゼットは黒や紺 グレーが多いのですが・・・以前 冬用のジャンバーを購入しようとしたところ自分は紺色だと思っていた姉に「これ紺だよね??」と問いかけたら「黒だよ!!」と言われた・・・」
 

 というような文章がみつかった。
 でも、納得のいくような答えは、ネット上ではみつけられない。

 答えがわからないから、もう少し自分で考えてみた。
 
 ある色を、僕や嫁が「紺」という。
 そういうひとが、半数いるとして、そういうひとたちを「僕嫁派」とする。
 それを「黒」というひとたちを「麦派」とし、残りの半数が「麦派」だとする。
 そして、お客様も、「僕嫁派」と「麦派」に二分されるとしよう。

 いままで、「間違い!」と思って修正してきたが、麦の色の表記を修正せず、そのままにしておいても、お客様の半分が「麦派」だったら、その半分のひとは満足する。 
 修正したとしても、「麦派」のお客様にとっては、表記は間違いであることになる。 
 結局、どちらにしても、半分のお客様にとってだけ正しく、その意味で等価である。
 
 これは、「正しい」「間違っている」という問題なのではないのではないか。
 それぞれの見ているものが、異なっているだけの話ではないのか。
 
 結局、何がなんだかわからない。
 ただ、12年ほど嫁とこの商売をやってきて、お客様と「黒と紺」の見解の相違で問題が起きたことはない、という事実以外に、頼れるものはない。
 だから、うちの商売は、「僕嫁派」を基準に続けるほかない。
 
 しかし、とことん科学的になれない古着屋の僕は、時に足元が溶けてなくなったような不思議な感覚におちいってしまうのだった。
 誰もはっきりとは言わないが、実は、やっぱり、世の中の人々は、「僕嫁派」と「麦派」に二分されているのではないかと。
 そして、僕や嫁がいくら「正しい」と思った仕事をしていても、半数のひとたちには、じつは、「間違った」ことをしてしまっているのではないのかと。
 

PS ここに書いた「黒と紺の違い」は、ごく微妙な相違をさしています   
 

photo by Patrick Hoesly