読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


お金だけが人生だ!

f:id:yumejitsugen1:20120519052115j:plain
手績み麻の野良着 襤褸


僕の家はびんぼーだった。
でも、実際のところ、よく考えたら、あまり本格的とはいえない、びんぼーのアマチュアだったのかもしれない。

父は会社員で、本人の言うところによると、途中入社をしたために、一生、ヒラに留めおかれた。
それでも定年まで務め上げたから、ヒラとしての給料は毎月入ってきたことになる。
まあ、それはともかく、いつの間にかお金を貯めたり、その少ないお金を株に投資したりするのが好きになり、余計な出費はしない、というのが、我が家の鉄則になっていた。

父は、毎日毎日、測ったように6時半に、家に帰ってくる。
酔っ払って遅く帰ってきたという記憶がない。
付き合いが悪かったのかと思うが、それも、余計な出費をしたくないがためだったと思う。

ある日、父が、珍しく、「いつもいつも家で食べるのも教育上良くない。たまには外食しておかないと。いざ、ディナーというときに、フォークやナイフの使い方がわからず、恥をかく」と言い出した。
僕がまだ小学校高学年のころである。
僕と妹は、わくわくして、マナーを学ぶべく、ディナーの雰囲気を学ぶべく、レストランについていった。
その素敵な思い出を、大学生のころ、ふと思い出し、実家に帰ったついでに、そのお店によってみた。
そのお店はたしかに、そこに存在したが、思い出のなかで美化されたイメージとはまったく異なっていた。
そこはかなり大衆的な洋食屋さんであり、その店に「ディナー」を求めたのは、我が家が最初で最後だったに違いない。

遠足の日。
友達がくれた、おやつ。
クリームをウェハースではさんで、チョコレートで固めたようなおやつ。
口のなかで、ぱりっと割れて、チョコレートとクリームの甘さが舌の上でとろける。
こんなに美味しいものが、この世に存在したのか!
美味しい、美味しい、このお菓子、すごく美味しい!
僕は感動して、何回も叫んだ。
と、友人が驚いて、
「おまえ、ふだん、何食べてんの?」

昔は、小さな店をやっていて、母が店番をしていた。
パンや文房具を近所のひとたちに売る小さな店である。
最初は、儲かったよ、と母が言う。でも、2軒隣に、やや規模の大きな同じようなお店ができて、それからは、さっぱり。
ということで、店はあえなく潰れたが、店のあった部屋があいた。

父は、そこに卓球台を作ってくれた。
買ってきてくれたのではなく、作ってくれたのである。
大きな板を買ってくるわけでもなく、ありあわせの細切れの細い板を足に打ちつけてつくられており、サイズは、ほぼホンモノに合わせてあった。
それが部屋いっぱいに置かれていた。

自分の家である。いつまで遊んでもお金はかからない。
ただし、ふたつ問題があった。
卓球台と壁のあいだが数十センチしかないこと。
もうひとつは、板の継ぎ目がたくさんあるために、継ぎ目にあたった球は、イレギュラーにバウンドするのである。

その台で鍛えられた僕は、中学校に進学して、卓球部に入った。
入った直後、新入部員のなかでは、最強であった。
だって、こちとら、頻繁にイレギュラーする、とても難易度の高い卓球台で、最小の動作で打ち返す練習をしてきたのだ。


まったくイレギュラーしないツルッとした卓球台など、簡単すぎて笑えてしまうのである。
星飛雄馬大リーグボール養成ギブスの卓球板である。
最初はちゃんとした卓球台を買ってくれないことを不満に思ったが、それは、店が潰れて、びんぼーだったからではなく、父が深慮遠謀をもってしたことだったのだと気づいた。

ところが、どういうわけか、半年もしないうちに、みんなにみるみる抜かれ、ついには誰にも勝てなくなってしまい、失意のうちに退部することになってしまったのである。
ケッカ的には、継目のある難易度の高い台のほうが、僕にはあっていたようである。


まあ、そんなこんなで、我が家は、びんぼーとしては、ほどほどの、それでも節約の鉄の掟に縛られた一家だったといってよい。

ない、ない、といいながら、やはり子供の将来を憂える親である。
どうしても必要なときには、どんと使ってくれる。
大学にも行かせてもらったし、その間、しないと言われていた仕送りもしてくれていたのである。
また、あとで知ったことだが、妹には、結婚の荷物として、当時の生活からは考えられないような高額の着物をまとめて持たせてくれていた。


親に感謝はしても、とても、びんぼーを自慢する資格はない。


でも、そういう事情で、僕も、びんぼーにはある程度耐性がある。
というか、びんぼー性が身に染みこんでしまっている。


大学時代。
お金がなく、お腹がすいたら、焼きたてパン屋さんに行く。
食パンの落とした耳を、いっぱい重ねたものを100円で買ってくる。
横から眺めて、いちばん分厚そうなものを抜き出して、トースターで焼き、すこしマーガリンを塗って食べる。
うまい!
なにせ、焼きたてパン屋さんの、焼きたてのパンの、耳の一番栄養のある部分である。
そうやって、2,3枚食べたら、封をしておく。
お腹が減ったら、また、横から見て、分厚そうなものを抜き出す。
マーガリンにジャムをすこし足すともっとうまい!
数日、そうやって楽しむと、厚みのあるものはなくなり、薄い耳ばかりになる。
そして、ところどころ、緑色に色づくようになってくる。
それは、そろそろ、つぎの耳をもらいにいけよ、というサインなので、100円玉を握りしめて、つぎの耳を買い行く。


ああ、やっぱり、びんぼーはつらい。