アイ・ハブ・ア・ドリーム(私には夢がある)~昆虫食が開く未来
絶望の谷間でもがくことをやめよう。
友よ、今日私は皆さんに言っておきたい。
われわれは今日も明日も困難に直面するが、それでも私には夢がある。それは、人類の夢に深く根ざした夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、家畜たち、つぶらな瞳の牛やブサイクな鼻をしたブタやちょっと分かり合えそうもない鶏たちを、食べるのをやめるという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、家畜たち、4本の手足を持つものを食べるのをやめて、皆が6本足の昆虫を食べることになるという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、肉を生産するためだけに生まれ、畜舎に閉じ込められたまま一生を終える家畜たちに依存しない生き方を皆が受け入れるという夢である。
今日、私には夢がある。
私には夢がある。それは、命は大切だといいながら、家畜の命を奪い食らうわれらの生き方を改め、4本の手足をもつ牛や豚や鶏たちと兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢である。鶏はちょっとむずかしいかもしれないが。
今日、私には夢がある。
私には夢がある。いつの日か、世界中の牧草地が牛達に開放され、畜舎という終身刑の牢獄から走り出た、すべての牛や豚、鶏たちが、そこで生への喜びを歌い、そこに人類の英知と正義と栄光を、共に見ることになるという夢である。
これがわれわれの希望である。この信念を抱いて、私はシリコンバレーに行く。クラウドファンディングで資金を集め、フェイスブックで人々にシェアをうながす。この信念があれば、われわれは、絶望の山から希望の石を切り出すことができるだろう。この信念があれば、われわれは、この人類の傲然たる不正義を、4本の手足をもつ動物たちへの愛の交響曲に変えることができるだろう。この信念があれば、われわれは、いつの日か、すべての家畜たち自由になると信じて、共に働き、共に祈り、共に闘い、共に牢獄に入り、共に自由のために立ち上がることができるだろう。
まさにその日にこそ、すべての人類が、新しい意味を込めて、こう歌うことができるだろう。
「わが星、それは我々のもの。うるわしき自由の星よ。4本足の兄弟たちのために、それを食らうことをやめた兄弟のために、私は歌う。わが父祖たちの逝きし星、食べられるためだけに生まれ逝きし家畜たちの星。ついに、我らが地球に正義が溢れる日がきた。あらゆる大陸から、自由の鐘を鳴り響かせよう。」
そして、人類が偉大な正義の創造物たらんとするならば、この歌が現実とならなければならない。だからこそ、シリコンバレーのから自由の鐘を鳴り響かせよう。フェイスブックとツィッターで、自由の鐘を鳴り響かせよう。ブログとタンブラーでも、自由の鐘を鳴り響かせよう、そして、ゲイツ財団から資金を引き出そう。
自由の鐘を鳴り響かせよう。
我々は家畜を食うのをやめるのだ。4本の手足をもつものの命を奪うことをやめ、かわりに、6本足をもつ昆虫たちを食べるのだ。そうすれば、この星は持続可能なものに、もっと効率的なものになるのだ。
これが実現する時、そして自由の鐘を鳴り響かせる時、すべての村やすべての集落、あらゆる国とあらゆる大陸から自由の鐘を鳴り響かせる時、われわれ4本の手足を持つものすべてが、アメリカ人も日本人も、寿司が大好きなひともステーキが大好きなひとも、菜食主義者も非菜食主義者も、牛も豚も鶏も、共に手をとり合って、あの「手のひらに太陽を」を、もうちょっと後ろめたさなく歌うことのできる日の到来を、早めることができるのだ。
さてさて・・
キング牧師のスピーチはほんとうに素晴らしい。全文はこちら。
しかも、この歴史的なスピーチは即興で行われたものだという。
ところで、上に書いたキング牧師のスピーチのパクリだが、現在、アメリカで、環境への負荷が大きい家畜ではなく、昆虫「Edible Bugs(食べられる虫)」を食べようという運動やビジネスがちょっとしたムーブメントになっていることから書いてみた*1。
もちろん、上に書いたものは創作だが、おそらく、少なくないひとたちが上のように、なかば本気で考えて、その活動をしているのではないかと思う。
たとえば・・
Chirp Farms crickets(コオロギ?)からスナックのようなものをつくって来年発売しようとしているカリフォルニアのスタートアップ
Six Foods 食品業界に昆虫食のうねりを起こそうとしている女性3人組 (それぞれのプロフィール写真と好きな昆虫が書いてあるページがおもしろい)
Tiny Farms 自宅で昆虫ファームをつくるキットの販売を計画
昆虫食についていえば、日本を含む世界の多くの文化のなかで、すでに伝統的に行われており、実際に美味しければ、さほど壁はないのかもしれない。
もちろん、昆虫食だけでなく、動物性蛋白質を遺伝子技術を使って「培養する」技術も進んでいるようだ。
いつの日か、遠くない未来に、家畜の命を奪わずに生きることが容易な時代がやってきそうな成り行きだ。
けっして、それは夢、ドリームではないのだ。
photo by Neils