ICHIROYAのブログ

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はんぶん諦めて生きるということ (酔っ払いICHIROの独り言)

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ICHIROです
酔っぱらてる。意味曖昧、論理破綻、句読点過多そのたもろもろ、OKのかたのみおつきあいいただきたい。
日経の夕刊を読んでいたら、「はんぶん諦めて生きよ」と書いてあった。
おう、おう、そうやな、天邪鬼な僕にしては、珍しくすっと納得した。
そいつは、俺のことや!(飲んでるので、今日は俺!)
そやけど、日経の夕刊に記事を書くようなひとにそう言われても、そらあんたは成功してるしなってなる。
で、そのあとを続けて書くのは、俺の運命のような気がしてきた。

俺は「はんぶん諦めて生きる」達人だと思う、おっほん!
でも、じゅうぶん幸せだ。ほかのひとが俺をどう見てるかはしらんが・・・
出世を諦め、同期との競争を諦め、仲間との仕事帰りの一杯を諦め、安定した仕事と収入を諦め・・・そいで、小説家になることも、ロックスターになることも、上場まで目指せそうな会社をつくることも、つまり、何かにおいて誰かよりすごく秀でることを諦めた。

残った「はんぶん」は古着屋という職業で、家族や新しい仲間と小さな会社を作り、なんとか食べている。
もう、自分のしたくないことはしない。
自分が信じられないことは、他人にも強要しない。
自分がお客様やみんなのためになると信じることしかしない。
ある意味諦めてはいるけど、この「はんぶん」では、諦めていない。
できるだけ会社を大きくしたいし、Kimono Archiveという新サービスもやるし、ひょっとしたら、いつかどうしても書きたいテーマに出会って、ノンフィクションを書くかもしれない。
この「はんぶん」では必死だけど、それが達成できなかったとしても、途中で死んじまったとしても、それも仕方がない。
自分の信じたやりかたで、歩きたい道で行けるところまで行ったら、それでいい。
道半ばという無念な思いではなく、僕に与えられた運とDNAで、やれることはやったと思えるに違いない。

それで、「はんぶん」、ひょっとしたら、4/5ぐらいは諦めてしまったけど、かつての俺より、今の俺ははるかに幸せだと思う。
そういえば、この間の同窓会で、知人に「いい顔してるな」と言ってもらった。
ははは、酔っぱらわないとこんなこと、書けねえ~

これは俺の話で、ひとによって、「はんぶん」が意味するものはそれぞれだろう。
たとえば、半沢くんの場合、「はんぶん」はスジ・正義を通すことで、残りの「はんぶん」は銀行で出世することだったのかもしれない。
あるいは、「はんぶん」というのは、子供のころからの「夢」だったり、誰かの愛情だったり、伴侶だったり、まあひとによると、オカネだったりするのだろう。

だけど、その「はんぶん」、諦めちまっても、大丈夫だ。
っていうか、日経のひとも言ってたように、早く諦めちまったほうが、気が楽だ。

それで、少なくとも、「はんぶん」諦めたからと言って、幸せが「はんぶん」になってしまうことがないことは、俺が保証する

まあ、俺、いま、酔っぱらってるけど。


photo by Jonathan Kos-Read