ココロの日光写真~僕がほとんど写真を撮らない理由
僕はあんまり写真を撮らない。
アイフォンの写真はほとんど増えないし、撮った写真をFBに上げることもあまりない。
旅行へ行ったりしても同じなので、私の写真が全然ないと嫁にときどき怒られる。
僕は凝り性なので、カメラとうまくつきあえない。
カメラを持つと、いい写真が撮りたくなって、そのことで頭がいっぱいになる。
その瞬間を楽しむよりも、良い写真を撮ることが、その時の一番の目的になってしまう。
じつは数年前、デジタル一眼レフを買って、始終撮っていたことがあった。
その頃は何かあるとカメラを持参して、写真ばかり撮っていた。写真集を買って、良い写真とはどういうものか、たくさんのお手本を見た。
カメラで頭をいっぱいにして、その瞬間を楽しむことが多少損なわれても、傑作が次々にできるなら、それも良い。
しかし、悲しいかな僕には才能がなく、何千枚も撮っても、自分で良い写真だと思うものは全然撮れないのだった。
愛憎逆転。
写真を撮るのが嫌いになった。
デジタル一眼を使わなくなっただけでなく、iPhoneのカメラでもほとんど写真を撮らなくなった。
面倒くさがりというのも、もちろんあるだろう。
旅行のときも、家族のイベントでも、完全に写真担当になっている嫁に少し言い訳させてもらうと、それだけでもない。
先日、嫁と娘と孫たちと、ハーバーランドへ遊びに行った。
モザイクにあるSUNNYBLESSというネイティブ・アメリカンをテーマとするカフェがお気に入りで、そこでお昼にしようということになった。
モザイクの外のテラスのような歩道を歩いて、そこに向かった。
日差しの暖かな日で、陰が縞模様にレンガを敷き詰めた歩道を染める。
そこを小さな孫、まだヨチヨチ歩きの、豆みたいな顔をした孫の手を引いた嫁が歩いていく。
ふたりの後ろから歩いていた僕は、久しぶりにその光景を写真に残したくなった。
が、もちろん、カメラは持参しておらず、iPhoneのカメラしかない。
急いでiPhoneを出したが、ふたりはまもなく曲がり角に達し、その光景はすぐに終わってしまうとわかった。
僕はiPhoneで写真を撮るのを諦め、『ココロの日光写真』のシャッターを全開にした。
それはデジタル一眼みたいに鋭利にその瞬間を切り取らない。
ふいに時間がゆっくりと流れ、子供の頃に遊んだ日光写真みたいに、その光景がゆっくりとココロの原版に刻まれる。
やがてふたりは角を曲がって消えてしまったが、大丈夫。
ふたりの姿はちゃんと、ココロの中の原版に刻みつけた。
だから、僕はたくさんの写真を撮りたいとは思わない。
少しの写真と、少しの『ココロの日光写真』があれば、大切なものはちゃんと残していけるのだ。
Photo by Little Visuals