うちには娘がふたりいます。
上の娘は、どちらかと言えば、スイスイと生きてきた感じ、いっぽう、下の娘は、家族一のダメダメ、と本人は思っています
先日、上の娘の結納がありました。
先方のかたは、富士山の麓にお住まいの方で、お婿さん、ご両親、妹さん、4人のお爺さん、お婆さんなどをはじめ、大勢で来られるとのこと。
家にお迎えすることに決めたものの、やれ、座布団が足らん!、食事はどうする!、介護中のお爺ちゃんのベッドはどうする!、結納返しはどうする!、掛け軸はどうする!、おみやげはどうする!などなど、大騒動に。
結納の儀式そのものは、先方が仕切られることなので、先方がどの程度の格式をもって行われるかによって、こちらも体制を整える必要がありました。電話で先方のお父さまとお話させていただくと、簡素にやりますから、とくに準備は要りません、とのこと。
それでも、いただいた結納には、ちゃんと結納返しをしないといけません。結納返しのための熨斗袋など一式を用意しました。その荷物のなかに、「結納の手順」というパンフレットが同封されており、簡単な結納式の仕方が解説されていました。
どうやら、結納には決まり文句があるらしく、「幾久しくお願い申し上げます」というセリフが出てきます。なんて読むん? 調べたところ、「末永く」という意味で、「いくひさしく」というのが、決まりのようです
「いくひさしくお受けいたしました」
「いくひさしくお願い申し上げます」
結納当日、家族が「緊張してる?」っていうので、「いいや」と涼しげに答え、こっそり車のなかで、この口に慣れない言葉をなんども練習。
「いくひさしくお受けいたしました」
「いくひさしくお願い申し上げます」
いよいよ、結納式。富士山ふもとからの一行を和室にお迎え入れ、わたしたちの家族はいったん引き下がります。用意ができて招き入れられ、私達夫婦、娘ふたりが部屋に入り、座につきます。
先方のお父様が、重々しく、しっかりした口調で、結納の義を述べられました
さすが、一族の長にふさわしい威厳に満ちた口上です
狭い部屋は、花で飾られ、吉祥の掛け軸に、礼装の両家族13人が神妙に聞き入ります
お父様が結納の品を僕の前に差し出され、受け取ります
結納を頂いたら、ちゃんと開けて、いくら入っているか、その場で確かめよ、と解説には書いてありました。でも、そこに何十万入っているとしたら、銀行みたいに、ぱらぱらと数えるんですか? 疑問に思った僕は、「電話で不安なことは問い合わせてください」と書いてあったのをよいことに、その業者さんに電話をして確認しました。「そこまではしなくていいですけど、でも、まあ軽く数える風ぐらいはしたらいいんじゃないですか」とのこと。
両家族、皆が注視するなか、結納の箱を手に取り、ちょっと表を確かめて、さて、開けようとしたところ
りっぱな桐の木箱には豪華な熨斗と水引がかかっています
もう一度箱を念入りに見て
(これを取るんやな)
僕はちょっと考えて
(蓋を開けるには、箱を巻いてある水引をとらんと、あかん。水引を取るためには、解くか引きぬくかやけど、解けそうもないし、引きぬくんかな、みんな見てるしかっこ悪いな)
水引を抜こうとしたところ、水引はしっかりかかっていて、簡単には抜けず
( あれ~抜けへん、抜けへん、どうやって、開けるねん!)
仕方がないので、熨斗紙ごとはずそうとしたものの、熨斗紙もしっかり箱に巻いてあり
(ビリビリって破っていいんかな? まさか! ああ、どうすんねん?!これ! 開へんやん!)
部屋には、微妙な緊張の空気が張り詰め、どんどん変な雰囲気に。
礼装の13人の視線が僕にこれでもかと突き刺さります。
頭に登った血は、脳の中で逆流し、渦を巻き、ぶつかって、完全にパニックに。
ひさしぶりに、文字通り、頭が真っ白に。
そのあとしばらくのことは、何が起きたか正確には思い出せません。
なんのことはない、その結納箱は、かぶせの蓋ではなく、引き出し式になっていて、熨斗を取る必要もなかったんです。
練習した「いくひさしく」は一回も言えず、父としての威厳は完全に失って、でも結納式は無事、なごやかななかに終了しました。
式の翌日、仕事へでかけていく、下の娘が、心底驚いたというような表情で、「パパがテンパってるとこ初めて見た」と言葉を残していきました。
安心したろ。パパもテンパりやすい、ダメな人間なんだよ。君が知らなかっただけなんだ。
テンパりやすいだけじゃなく、ダメなところがいっぱいあるんだ。
下の娘は、呉服チェーン店での2年の勤務を終えて、この4月からウチの仕事を一緒にすることになっています。家族一、センスの良いエースの帰還を楽しみにしています。