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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


最近痛感しているキャリアに関する三つのこと

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 次の本がだいぶん書けた。
 出させていただいた本もありがたいことに3刷目になり、レビューもたくさんたまってきた。
 また、ドマケンさんという僕とまったく違う道を歩んでこられた同年輩の方のキャリアを知るに従い、いろいろと考えさせられた。

 結局のところ、自分のキャリアを切り開いていくうえで大切な三つの大切な判断があるのではないかと思った。
 当たり前のことばかりなので、がっかりさせるかもしれないが、自分のアタマの整理のために書いている。

 ひとつは、あることがしたい、あるいはこうあるべきであると思った時に、そのことを自分ができるのか、できないのかの判断がいるということだ。
 すすむべき道をそれで簡単にわけると上の表のように、

「すべきこと、したいこと」or「すべきでないこと、したくないこと」
             x
「自分にできること」or 「自分にはできないこと」

 の掛け算で4つに分かれる。

 右上と左下は、「やれること、したいことをやる」、「やれないこと、したくないことはやらない」であるから選択の余地はない。
 が、左上(A)の「すべきである、したいこと」で「自分にはできないこと」と、右下(B)の「すべきでない、したくないこと」で「自分にもできること」が問題である。
 本を読んで、あるいは人のアドバイスを受けて、「こうすべき、こうありたい」と思ったとする。しかし、実はそれは自分にできないことであったとしよう。(A)
 それを実行にうつすと、無駄な努力となる。知らずに行き止まりの道を行くことになる。
 反対に、アドバイスに反発して「こうすべきではない、こうはなりたくない」と思ったとする。実行したくはない。しかし、それは自分でも忍耐さえ発揮すればできることであるので、その気になれば実行できる。(B)
 
 人がとるべき道としては、「すべきで、したいことをする」がベストであるが、その次に良いと思われる道は、(B)の「すべきではない、したいとは思わない」ということをやってみるということだ。
 この場合の「すべきでない」こととは、犯罪を犯したり道徳に反するようなことをするという意味ではなく、たとえば「上司に好かれるように努力する」とか「好きでない仕事でもやってみる」というような意味である。
 (A)の「すべきである、したいと思う」ができないことをすることは、最悪の道となる。たとえば、お金を生み出す能力もないのに、上司をいないように扱うような場合のことである。

 さて問題は、それが自分にできることなのかどうか、今はできなくても将来はできるようになることなのかどうかという判断が難しいことだ。たとえば、僕は中学生の時、ロックスターになりたかったものだが、当時の僕にとってはそれは(A)なのか(B)なのかわからなかった(とほほ)。
 そんな明らかな問題ならよいが、たいていのことは、事前にはできることなのか、できないことなのかわからない。
 思いっきり努力をすればできるようになるかもしれないし、できないままかもしれない。
 また、もうひとつ問題があって、アドバイスをする方にも、それを判別するのが難しいということだ。今でもはっきりと覚えているのだが、大学生の頃、友人と一緒に素潜りに行った。友人は素潜りなんて簡単だと僕をある程度の深さのポイントに連れていってくれたのだが、僕には全然潜れなかった。彼がその時しみじみと言った言葉を今でも覚えている。「毎日潜りながら、自分の素潜りは全然進歩していないと思っていたけど、いつの間にか相当なスキルを身につけていたんだな」。
 アドバイスする方は自分がなんの努力もなしにできていることは、当然、初心者にもできると錯覚するのである。 
 自分にできることなのか、将来の自分にはできるようになることなのか、その判断がもっとも難しい。

 さて、もうひとつの重要な判断は、なにが変わっていき、なにが変わらないのかということだと思う。
 たとえば、この10年で中国経済は大きく伸びた。娘が大学の専攻選びに迷っている時、中国が世界で今後存在感を増すことは間違いなく、中国語を学んでおけば将来職に困ることはないと彼女に勧めた。当時は中国語学科の卒業生にはさほど職はないという話だったので、英語も必ず習得しろよと言って英会話教室の授業料も出した。 どうやらその判断は間違いなかったようだ。
 非正規雇用の人が増え、多くの企業がリストラに追い込まれ、多くの中高年が会社を去った。企業は終身雇用をやめたくて仕方がない。
 雇用やキャリアを取り巻く環境は大きく変わっている。
 だが、一方、組織の中で働く個人のありよう、苦悩には、変わらないものがあるように思う。
 いまだに戦国武将のドラマが多くの人を惹きつけるのは、組織の中でどう生きるかということは安土桃山時代から何も変わっていないとも言えるのである。
 「終身雇用は終わった!」という言葉は正しいけれど、たとえば、終身雇用が続いている大企業にいる人や公務員であれば、その言葉は自分には当てはまらない。そして、それは、自分が生きている間、変わらないかもしれないのである。
 変わるものもあるし、変わらないものもある。
 変わるにはまだまだ時間がかかるものもあるし、変わりつつあるとしても自分には関係のないものもある。
 何が変わって何が変わらないのか、それを見分けることも難しいが、その判断を誰かに預けてしまうのは、もっとも悪手だと思う。

   
 そして、最後にもっとも大事なことは、そういったことを考えぬいたあと、実際にやるべきと思ったこと、したいと思ったことを、自分がやるのか、やらないのか、ということだ。
 もちろん、それを決めるのも自分だ。