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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


すべてはプライドを巡る物語だ

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 人間はまったく厄介な生き物であると、誰もが思っているように僕も思っている。
 なかでも厄介なのはプライドというもので、みんなのプライドを守りながら、なおかつ問題を解決したり、過去を否定して新しいことを始めねばならないので、まったくもって厄介である。
 会社で、誰かと誰かの意見が割れたとする。
 決定権のある上位者がどちらをとるのか判断してくれれば良いのだが、場合によっては上位者も、そうすることがどちらかのプライドを損ねることがわかっており、それによるマイナスを恐れて、あえて決断をせず、よく話し合うようにとボールを投げ返してしまうようなこともする。
 誰かのプライドを傷つけることのマイナスと、組織全体のメリットのどちらをとるかとなった場合、組織全体のメリットを捨ててでも、身内のプライドを守ろうとすることもままある。
 会社勤めで、営業部間や営業部と経営との調整をしていた時、どれほど小さな問題でも、それがプライドにかかわる問題になってしまうと、調整に時間と工夫のかかるとても面倒なことになってしまうことを何度も経験した。そこにそれほどの労力をかけるより、よほど重要度の高い案件があり、そちらを優先した方が全体としてのメリットははるかに大きいのに、プライドの問題となってしまうと、人は皆冷静な判断力を失ってしまうようなのだ。

 会社の外でも、プライドにまつわる苛烈なドラマはいつも行われている。
 たとえば、アンティークの着物を仕入れる時、競りで仕入れることになるのだが、ある種のものはとんでもない値段まで競り上がってしまう。
 冷静に考えれば、予想できる小売価格をはるかに上回っているのだが、競り合っている当人たちは、いつの間にかそれが、商売上の駆け引きではなく、プライドの問題にすり替わっているのである。
 プライドの問題となれば、小売の値段などは関係なく、とにかく相手に勝つ、相手より高いお金を払うことだけが目的となる。
  

 さて、話が厄介なのは、このプライドというのは、経済合理性を破綻させる行動を生むこともあるけれど、革新を産んだり、とんでもないアイディアを絞り出したり、最後の最後の努力を振り絞らせたりする、経済活動の原動力でもある。
 たとえば、僕の場合、海外向けのネット販売で業績を伸ばしていたが、リーマンショックでマイナスに転じ、3,4年、様々な努力をしたが好転しなかった。
 好転しなくても、海外向け専業で、そのままなんとか食べていくことはできた。子どもたちは成人していたしさほどお金も必要ではなく、ある意味、のんびりとしながらその場にいることだってできた。
 だけど、新しく日本国内向けに商売を始めることにした。
 僕を最終的にそこに向かわせたのは、お金でも、お客様のためでも、家族のためでもなかった。
 競りに参加する度に、「昔はこんな買い方じゃなかったけどな」とか「あの頃やったら絶対に負けてなかったのに」とか「和田さんももう終わり?」とか、いかに最近の買いが鈍っているかということを、誰かに言われ続けた。そして、「落ち目である」というレッテルを甘受し続けるということが、僕には耐えられなかったのである。つまり、最終的には、プライドがバネとなったのである。

 今日は大阪都構想の投票が行われている。
 先日、BSフジ「プライムニュース」で、都構想推進派の橋下市長と反対派の自民党市議柳本氏の長時間の討論を全部見た。
 想起したのは、やはり、僕の周囲で行われたプライドを巡るさまざまなドラマの数々であった。
 
 大阪府民ではあるけれど、大阪市民ではない僕には、残念ながら投票権がない。 
 大阪市民がどんな判断を示すのか、結果が楽しみだ。 

 

photo by jimmy brown