2014年の僕の最高の贅沢
予備校に通っている頃、とてもおしゃれな友達がいた。
彼は妹が読んでいる少女漫画からそのまま出てきたようなマイルドな男前で、しかも、家は歯医者さんでとても裕福らしかった。
彼がいつもおしゃれな格好をしている。
若い僕は彼のようにおしゃれをするにはどうしたらよいのかと思い、いろいろと訊ねた。
そして、信じられないことを発見した。
彼はそのシーズンに服を買う時、たいてい、同じものを2着買うのだという。
2着買っておけば、その恰好をしたいときに、いつでもそれを着れるから、ということだった。
僕はひっくり返ってしまった。
少ない小遣いをやりくりして、気に入ったデザインの安い服を求めて駆けずり回っていた僕には、同じ服を2着買う、それも色違いでもなく、同色でという彼の流儀が、かっこよすぎた。
そして思った。
いつか、僕もそんな身分になれるかな、と。
受験勉強、頑張って、彼みたいになるのだと。
時は過ぎ、30数年。
その夢も、ほかの子供じみた夢と同じように、諦念とともに薄れ、もうほとんど忘れてしまっていた。
そして、2014年秋。
僕は、リーバイス501を買った。
仕事柄僕はスーツを着る機会はほとんどなくて、ジーンズばかりで過ごしているのだが、いつも履いているジーンズがボロボロになり、早く新しいジーンズを買わなくちゃとなった。
普段にはくので、とくにこだわりはなく、リーバイスの501にしようと思ったのだがあいにく近辺で売っているところがみつからない。
都心まで出ていく暇がないのでネットで注文することにした。
どうせまたすぐにだめになるからと思い、リーバイスの直営ショップで、2本注文した。
一本は普通の濃いインディゴのもの。一本はすこしブリーチしたものである。
折り返して履くのは嫌いなので、股下もその時に履いていたジーンズを正確に測って記入した。
それで、裾上げをした、僕のサイズの501が2本、僕の手元に到着するはずだった。
クレジットカードの入力が面倒くさかったので、会社の住所宛ての代金引換にした。
2,3日後、僕が留守の間に、ジーンズは無事会社に届いた。
「ジーンズで、5万いくら。いったい社長は、どんな高級なジーンズ履いてんだよ、ってみんなびっくりしてたよ」
不審な顔をした嫁が、僕のその包みを手渡してくれた。
5万円? 変だな。
501が「4本」入っていた。
しかも、履いてみたら、股下が5センチは長く、ロールアップしないとはけない。
僕はロールアップして履くのは嫌いなのだ。
僕はぶちぎれそうになった。
数量も違うし、サイズも全然違うじゃないか!
なんたるいい加減さ!
僕は伝票片手にガツン!と受話器をつかんだ。
しかし・・・55歳という自分の年齢にかんがみ、過ちはリーバイス直営ショップにではなく、僕の側にあったと考えるほうが自然であるかもしれないという思いがむくむくと湧きあがり、僕はそっと受話器を戻した。
そして、ぼんやりと思いだした。
注文を確定したと思ったら、見ていたページがどこかにいってしまったので、ため息をついて、もう一度やり直した、という経緯があったのだ。
その最初の注文が、通ってしまっていたに違いない。
股下サイズが5センチも違う謎のほうは解けないが、はっきりしているのは、裾上げをしてしまうと、返品はできないということだ。
世の中には、ときどき、すこぶる簡単なことができない人、明快極まりないことなのに間違う人がいることは知っていた。
加齢がそれを加速することも。
しかし、僕はまだ55歳なのである。
嘘だろ!
あれから何か月か経ったが、2本はまだラベルもとらずにタンスにしまったままになっている。
4本もあって、はきつぶさないように丁寧に回してはけば、何年も持ちそうだ。
ひょっとしたら、僕の人生に、これ以上のジーンズは必要がないかもしれないと思うと、すこし寂しい気持ちにもなる。
まあ、しかし、予備校生だったころにあこがれたライフスタイルがようやく現実のものとなったことだけは、喜ぶべきことであった。
Photo by ingrid eulenfan