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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


世界中の古着業者がファミリービジネスである理由~世代を超えて蓄積する陳腐化しないノウハウの強味

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  僕はこの仕事をはじめて12年ほど経つ。
 古裂やリサイクルの着物の商売には特徴がある。たまたま僕が仕事を始めたときにECの大きな時代の流れがやってきたので、まったくの素人でもその波に乗ることによって、業界の隅に置かせていただくことができるようになった。

 この業界の一番の特徴はそれがファミリービジネスであるということだ。
 いつだったか読んだアメリカのリサイクル業者のルポにも、その業者がファミリービジネスであり、もっと言えば、『世界中の古着のビジネスはほとんどファミリービジネスである』と書かれていた。

 なぜファミリービジネスになるのかという理由のひとつは、ウエスを扱う業者さんからある程度の価格で売れるものを選ばせてもらい譲ってもらうということに、太い人間関係が必要になるからだ(ただし、日本のリサイクル着物の業界についていえば、最近は、着物の買い取り専門業者さんが頑張っておられるので、そちらの理由は薄くなった)。
 
 もうひとつの理由は、ものの価値を学ぶことに長い時間がかかることだ。
 ウエスのヤマから価値のあるものを正確に選び出すことは、世界中の古着業者にとってもっとも難しい『価値を生む』瞬間である。
 ウエスのなかから拾い上げた薄汚い『ちりめん』の襦袢が20万円になったり(日本)、Tシャツやボロ切れのヤマのなかから選び出した古いジーンズがとんでもない値段になったり(アメリカ)する。
 そして、もちろん、それをもっとも高い値段で買ってくれる相手を知っていることも重要だ。(このジーンズなら『JapanのTakahashi』が高く買ってくれるから電話しよう!とか)


 僕は12年やってきたが、やっぱり先輩たちには絶対にかなわないな、と思うことが、正直たびたびある。
 古裂やリサイクルの着物の価値を覚えるには、どうしても長い時間の蓄積が必要なのだ。もちろん、頑張ればその時間を短縮することはできるだろうけど、先輩たちだってその場に止まってはいてくれない。
 絶対に超えられない壁があって、それはやっぱり、『レアな経験の数』、つまり長い時間をかけることでしか得られない学びがある。
 僕が12年のキャリアのあいだに1回しか出会わないレアなものに、30年のキャリアのひとは3回出会っているぐらい出会っているはずだ。
 この差は決定的だ。

 そして、そのことは自分の『親』からは教えてもらえても、本には書いていないし(書いてあっても『わかるように』は書かれていない)、誰も解説はしてくれない。
 そのノウハウは、親から子に伝えられ、それが何世代にわたって蓄積していく。

 世の中のたいていのノウハウは、環境が変わり、ニーズが変わることで、無価値となってしまうが、この業界の知識は無価値となることはない。世の中の移り変わりによって、それが『現金化』される量には変動はあるが、その価値は一貫して存在する。
 
 もうひとつ、それがファミリービジネスにとどまる理由があって、それは、その『価値をはかる』ことがビジネスのコアにあるために、ひとりの人間、あるいは家族ができる範囲には限界があり、それをシステム化して大きくすることが難しいことだ。
 誰かにまかせて大きくすれば、『価値をうむ選別のチカラ』が薄まることになる。また、それができるようになったひとは独立して会社を去る。

 なかなか難儀な商売である。
 大金持ちにはなれそうにない。
 でも、時間を味方につけて勉強を続ければ、食いっぱぐれることはないという意味で、『幸せな商売である』ようにも思える。実際のところ、なんとしてでも食っていけると思える、僕のココロの安心はこの商売のこういう特性からきている。
 
 ということで、この商売、そんなに悪いものではないな、と思うのだ。
 積み上げていくノウハウが陳腐化しないという安心感は何事にも変えられない。
 そして、ふと考える。
 本来、商売や仕事ってものは、ほとんどが、そういうものだったんじゃないだろうか。 
 もちろん、いつの時代にもガッツのある起業家はいて、ファミリービジネスをぶっ壊してきたんだろうけど。

 おそらく、僕のこの思いは過去への憧憬にすぎなくて、技術革新が早くグローバルなこの時代には、あまり意味をもたないことなのだろう。
 でも、なにかのヒントになるような気はするのだ。
 それがどういうことに役に立つのか、自分でもよくわからないんだけど・・
  

photo by Juan Manuel Garcia