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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

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「母の日」に思う「おかん」と鼻毛の関係

今週のお題「私のお母さん」

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ともかく、今日は、「母の日」である。
「母の日」について、あるいは、おかんについて、何か書こうとした。

そういえば・・・
突然、思い出した。
小学校3年ぐらいのときだろうか、我が家は小さな店をやっていたのだが、その店先で遊んでいた僕は、店の前を通り過ぎる車にひっかけられて、頭から溝に放り込まれた。
記憶はあいまいなのだが、頭や顔を切って、血だらけになったのだと思う。

きっと、おかんは、さぞ、びっくりしただろう。
車のなかったうちのおかんが、どうやってその病院まで僕を連れて行ったのか、記憶にないのだが、僕は、数針、頭を縫ってもらい、包帯を巻いた。

子供心に、頭の皮って、縫われても痛くないものだな、と思っていたのは覚えている。

病院からの帰り、おかんは、相当、安堵したのだろう。
僕をおぶってくれて、なんだか、やさしい言葉をかけてくれた。
厳しいおかんだったし、もう、その頃は、おかんの背中で甘えるなんてことは、許されない歳だったので、その時のおかんの背中は、いまでも、鮮明に思い出す。


ところで・・・

鼻毛のことなのだが、みんな、鼻毛って、どうしてるんだろうか。
そもそも、毎日、切るべきもの、なのだろうか。
先日、テレビ解説にでてきたよい年のおっちゃんが、鼻毛を盛大に生やしていて、アベノミクスの行く末より、そのおっちゃんの鼻毛のことが気になって仕方がなかった。
なぜ、カメラマンだか、ディレクターだか、スタイリストだか、誰でもいいのだが、テレビに映る前に、「ちょっと、鼻毛を切ってくださいね!」って言わなかったのだろうか。
また、ある時、アメリカ人の、ちょっと高齢のおばさんとお会いしたとき、金髪の鼻毛が、白人らしく長細い鼻の穴から、これまた、盛大に噴出しているのを見て、話をしようと顔を見るたび、視線がそこに吸い寄せられていくのを止めることができず、非常な、罪悪感を感じた。


しかし、じつは、そのほうが自然だと、思うわけである。
そもそも、みんなどうしてるんだろうか?
安倍首相もキムタクも、毎朝毎朝、鏡の前で、鼻をつまんでみて、先の丸くなった鼻毛切りばさみで、鼻毛を整えているのだろうか?
そして、鼻毛切りが見当たらないと、「おれの鼻毛切り、使いやがったのは誰!」と叫んで、家中、大騒動になっているのだろうか?
鼻毛より、大事なことが、鼻毛切りよりも、優先順位の高いことが、男たる者、うなるほどあるのではないだろうか。


そして・・・
女性の立派な鼻毛というのは、そのアメリカ人女性の場合をのぞいて、見たことはないが、女性は、あんまり鼻毛は生えないのだろうか?
それとも、女性も男性同様、1日2日油断すると、鼻毛は、こんにちわ、と出てくるので、毎日のように、鼻の穴にはさみを突っ込んで、切っているのだろうか?
ああ、わからない。
我が家には、女性が2人(あるいは、ときによって3人)いるが、僕の鼻毛切りがたびたび、なくなってイライラする。
そんなときは、彼女たちが使っているまつ毛だか眉毛だかを整えるハサミを、こっそり流用しているのだが、その歯に鼻水がついたりして、せいせいする。
それにしても、彼女たちは、鼻毛など生えませんという顔をして、実は、毎日、僕の鼻毛切りをこっそり使っているに違いない。
いや、しかし、吉永小百合や長澤ますみは、断じて、鼻毛が、噴出してくることはあるまい。


それが、「お母さん」というものである。

なにが?

鼻毛なんて気にせずに、突っ走るぞ!と思っている僕を引き留め、あんた!まず、鼻毛を切りなさい!というのが、という意味だ。

いや、違う。
自分の息子は、鼻毛だけ立派になったけど、まだまだあかちゃんのようなものだ、といつまでも思っているのが、おかんだ、という意味だ。

いや、違う。
いくら今日が「母の日」だからと言っても、はてなのお題が「私のお母さん」だといっても、鼻毛に逃げるしか、書くに書けないのが、おかんのことなのだ。


電話でもするかな。
でも、「母の日」当日に、電話っていうのも、なんだかね。
照れすぎて、無理。