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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

★★★当ブログはじつはリサイクル/アンティーク着物屋のブログです。記事をお楽しみいただけましたら最高。いつか、着物が必要になった時に思い出していただければ、なお喜びます!お店はこちらになります。★★★


おばちゃんがくれたアメとソーシャルビジネスを阻むもの

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うちの事務所の1階に整形外科がある。
で、開院前、いつもたくさんの患者さんが集まってくる。
みな、順番をとるために、早く来るのである。
が、皆、一列に並んで待っている必要はない。
なぜかというと、そのなかのおばちゃんのひとりが、到着の順番を覚えていて、開院と同時に、受付する順番を教えてくれるからだ。
おかげで、立っているのも辛い、患者さんたちは、病院の前のベンチに座って、待っていることができる。

きのう、早朝に、荷物を上げていたら、そのおばちゃんがエレベーターのボタンを押して待っていてくれた。
礼を言って、荷物を乗せたら、おばちゃんが、「これ、あげる」と言って、小さなビニール袋を手渡してくれた。
「アメ。砂糖だけで、何にも入ってないから、食べやすいで」
なぜ?
「いつも、咳してるやろ。これ、食べ」

僕は、何かのアレルギーで始終咳が出る。
おばさんは、いつの間にかそれに気づいていて、わざわざ、たぶん、自作のアメを持ってきてくれたのだった。
おばちゃんとは、いつも、すれ違って、挨拶するだけの仲である。
と、僕は思っていた。
が、いつのまにか、僕のことを気にかけてくれていたのだ。


人に優しく、人に親切に。
与えることで幸せになる。
そういった行いや、チャリティは、一部の特別に優しい人のもの、と思われている。
そして、もっと言えば、気の弱いひとのもの、宗教に心の支えを求めるひとのもの、と思われている。


あるBSテレビの番組で、ソーシャルビジネスで世界を変えたいというソーシャルビジネスのリーダーに、解説者がこんな意味のことを言っていた。
「売上何百億円の営利企業をつくれば、ソーシャルビジネスで、1000万円の寄付を集めるよりも、簡単に何億円の寄付ができる。そのほうが、大きな社会貢献ができる」


つまり、その背景にある思想は、こうだ。

悪魔のごとくに、稼げ。
ライバルを蹴散らし、従業員の尻をたたき、ハッタリをかまして、法の許すギリギリを走り、とにかく、カネを稼げ。
その陰で、いくぶんか、泣かせる人が出てきても仕方がない。
非情に徹してカネを稼げ。
そして、たくさん稼ぎ過ぎたら、その血塗られた手を清めるために、いくらか、寄付をせよ。
天国に行くために。
ソーシャルビジネスなど、ライバルを出し抜けない、中途半端な弱い人間が、関わるあだ花にしか過ぎない。


きのう、おばさんにもらったアメをなめながら、つくづく、このことを考えてしまった。
本当に、社会は、ビジネスで変えることができないのか。
優しい、他人を思いやる気持ちを貫いたビジネスで、社会を変えることができたら、どれほど素晴らしいだろう。

 


ちょうど、そんなことを考えていたら、今朝、TEDで素晴らしいスピーチをみつけた。
まだ日本語字幕はないが、内容はこちらのブログにまとめられている。
社会起業家ダン・パロッタ氏は、2002年に、空前の額、HIV/AIDSに1億800万ドル、乳がん予防に1億9400万ドルを調達した。が、その後、彼の運動は頓挫している。
しかし、スピーチを見ていただければわかるが、彼は、いまだ、本気で、「カネではなく、人々の良心が社会を変えうる」とし、そのために必要なことを訴えている。


そのためのキーは、社会貢献活動をする組織に対するひとびとの考え方だという。
彼のビジネスモデルは、大きな資金を用意し、スタッフに良い給与を与え、大掛かりな宣伝をし、また収入の一部は、組織の成長のために投資する。そして、大きな額のお金を集め、多額の支援金を寄付する、というものだ。

だが、そういった組織は清貧であるべきだ、というような価値観がアメリカでも根強くあり、彼の「経費大、経費率大、だが、寄付額大」というコンセプトは受け入れられなかった。
「スタッフが、一流企業並みの給与を得るのはまかりならん。間接費にこんな大きな金額を使っているなんて、贅沢しすぎだ」といういわけだ。

でも、たしかに、彼の言うように、間接費5%で、100万円の支援金しか集められない運動より、間接費は30%かかっているけど、多くの人びとが参画し、10億円集められる運動のほうが、より多く社会に貢献できる。


日本でも、もちろん、そこに大きな壁があるような気がする。
ついつい、社会貢献活動やソーシャルビジネスを見るときに、そのお金がちゃんと謳い文句どおりに使われているのか心配になり、たとえば、新聞雑誌などで、大きな広告を見ると、無駄遣いされているような気分になってしまうのだ。

その意識を変えることができれば、たしかに、社会を変えることができることを、ダン・パロッタ氏はすでに実績で証明しているのだ。


ソーシャルビジネスや、社会貢献は、優し過ぎるひとのものでも、腹黒過ぎるひとのものでもなく、ごく普通のビジネスパーソンが、ごく普通に取り組むもの。
そういう認識をみんなで共有できたとき、たしかに、世界は変る可能性がある、と思う。


おばちゃんにもらったアメから、またいろいろと考えてしまって、長い長い文章になってしまった。
ごほん、ごほん。
おばちゃん、ありがとう!