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ICHIROYAのブログ

元気が出る海外の最新トピックや、ウジウジ考えたこととか、たまに着物のこと! 

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Kindleで、傑作警察小説『64(ロクヨン)』を読んだ! ~ひとを感動させるものとは 

64(ロクヨン)

64(ロクヨン)

 

 Kindleやipadminiを買っていなければ、たぶん、一生手を出さなかっただろうと思う重厚な小説を読んだ。

なんせ647ページである。

いつだか書いたように、小説という架空世界に、どっぷりと浸って、長時間を過ごす忍耐力がなくなって久しい。

しかも、かつて文筆業をひそかに志したものには、良い物語であればあるほど、素直に楽しめず、その才気、才能に激しく嫉妬してしまうのである。

この本を本屋で見たら、どんな熱いメッセージのポップカードとともに高く平積みされていたとしても、その分厚さに、決して手に取らなかっただろう。

 

しかし、Kindleにやられてしまった!

Kindleにあまり読みたい本がなく、ついついマンガばかり買ってしまうので、歯応えのある本をと探して、ついこのミステリーをダウンロードしてしまった。

ダウンロードするときに、何ページあるか、本にしたらどれくらいの厚みか、などということは、気にもしない。

どれだけ分厚くて威圧的な本だって、Kindleやipadminiにダウンロードしてしまうと、同じ一冊の本になってしまう。

 

著者、横山秀夫氏の作品は、まったく、はじめてだった。

やけに、心理描写が重たい。

半分ぐらいまで、織物でいうと、延々と経糸が並べられている感じである。

経糸だけを見ていると、これは、ほんとうにミステリーなのか? 組織人の生き方を描いた一般小説ではないのか、と思ってしまう。

42歳まで、組織の中での生き方に悩まされた僕にとって、そこまでで考えさせられることが多かったのだが、危うく、そこで読むことを投げ出しかけた。

ミステリーとしての骨組み、カタルシスを得られるプロットが、その経糸のなかに周到に用意されているとは、到底想像できなかったのである。

 

僕を救ってくれたのは、Kindle、ipadminiと、そして、お正月であった。

やることは多いが、さすがお正月で、多少、時間はある。

ipadminiを開いて、フェイスブックや新聞や、ビューンで雑誌を読んでしまうと、他に読むものがない。

で、仕方なく、『64』の続きを開く。

 

そして、後半にはいると、主人公を巡る一気に動き出す。

『64』に心を鷲づかみされるのは、そこからだった。

 

まるでアクション映画を見ているかのように、より大きなドラマが次々にふりかかり、大きな事件が続いておきる。

緯糸が次々に通されて、緻密な細部が明らかになるとともに、全体の絵がどんどん大きくなる。

おいおい、そんなに派手にふくらませて大丈夫か。

ちゃんと、筋が通って、納得のいく絵になるんだろうな、と少し、ヒヤヒヤする。これだけ長い時間付き合って、「なあんだ~」の結末じゃ許さないぜ、と。 

 

もちろん、そんな心配は無用。

最後には、想像を越える、あっと驚く織物が出来上がって、その全貌があらわになるのである。

最高の織物とおなじ。

経糸と緯糸に施された小さな染めや、色糸の順番、織りの過程には、すべて意味があって、出来上がってはじめて、その全体象が浮かび上がるとともに、細部に施された精緻な仕事が、重要な意味をもつことがわかるのだ。

これほどのスケールのミステリーをつくりあげるためには、前半のやや冗長に思えてしまう経糸の絣が、ディテールが、絶対に必要だったのである。

 

久しぶりに、素晴らしい小説を堪能した。

 

それにしても、Kindle White Paper と ipadminiの便利なこと。

どっちの端末で読んでも、どこまで読んだか同期されるので、そのとき手近にあるほうで読める。

どちらもあるときは、やはりKindle White Paper のほうが読みやすい。

軽く、小さく、本体の手触りもいい。

 

ところで、もちろん、著者の力量に、激しく嫉妬を感じた。

そして、氏がこれほどのミステリーを書くにいたるまでの道のりに興味が湧いた。

デビュー作は、松本清張賞を受賞した短編ミステリー「影の季節」だという。

それを発表する前、12年間の記者生活をし、サントリーミステリー大賞佳作の受賞を期に、フリーランスになって7年後に、この賞を受けている。

その後、「半落ち」という直木賞候補作などを経て、7年間の沈黙ののちに発表したのが本書である、という。

 

その一作をもって世にでるほどの傑作短編を書くまでに、記者生活12年とフリーランスの7年、合計19年。 

そして、この「64」を書くためだけに、7年。

しかも、この小説は、実は、10年前に、はじめての長編として、着手されており、あまりに多くの要素を詰め込んでスタートさせたために、予定通りには進まなかったという。

その間、著者には、原稿依頼が殺到、毎日3時間の睡眠で執筆を続け、心筋梗塞で倒れたり、うつ状態に陥ったりしている。( 読売の記事参照 )

 

デビュー短編「影の季節」は、Kindleにもあったので、早速、読んだ。

「64」の原型ともいえる、まだ、小さな世界がそこにあった。

「影の季節」が、とてつもなく重厚で、大きな絵をもった傑作長編「64」として生まれ変わるために、14年。

 

しかも著者は、「64」の主人公そのままに、厳しい現実のなかで、作家人生を、より深く実りのあるものへとするための壮絶な戦いを、戦っていたのだ。

 

この「64」という偉業が、著者の天才だけに負うものではなく、長年の努力と頂上を目指す飽くなき挑戦心によって達成されたものであると知って、僕のつまらない嫉妬心も消えてしまった。

 

結局のところ、自分の人生で、高みを目指して苦闘し続けているものだけに、ひとを感動させるホンモノの「傑作」が授かるに違いない。

それが、ミステリーであれ、ほかのなにかであれ。 

 

 

PS 組織と個人にまつわる感想は、長くなりすぎるので、後日、また、書くかもしれません。